実は・・・ & 今日は、広島に原爆が投下されてから81年目の日。
昨晩のこと「明日は、超久しぶりに、鳥取県の大山登山をやってみようか?」と、チョロチョロと用意をしていました。しかし、何やチンタラしていたら、寝たのが12時ちょっと前でした。ううぅー、これはやばいかもしれん。と、思っていたら、背中が痛くて午前2時に目が覚めてしまいました。結局、こんな状態で、このクソ暑い中、登山したら、死ぬわーって思って断念しました。
完全に起きてから、テレビを付けると、ドジャースとカブスの試合の後半をやっていました。ありゃー?また、1点差で負けとるでぇ。大谷しゃんは、2本のホームランを打ったのにねぇ。あ、試合終了。1点差で、ドジャース6連敗だがや。大丈夫か?
話が変わりますが、髪の毛が伸びてきて実に鬱陶しくなってきました。ネットでいつもの散髪屋さんに予約を入れました。あ、そうだ。服用している薬が残り少なくなってきています。これも、明日受診すべきでしょうね。時間が結構微妙だな。クリニックは、朝一番で行った方が良いでしょうね。それから、散髪ですわ。
実は、明日は「よなご星の会」の、都合の付くメンバーで天体写真撮影を行う日です。根性あるかなぁ?
いい加減、μ250CRSで、M57(リング星雲)の撮影のリベンジをしたいところですが、あの機材を運ぶのは実に大変です。車の中に運び込むのにも半日がかりになるんですよ。また、実際の撮影の際も、乾燥空気を送り込んだりするので、付属の機材も多くなるんですわ。「ZWO ASI 2600MC DUO」のガイドチップのでオートガイドは「あれー?今日は問題なく動くぞ。」っていう時と、全くダメな事があります。なので、親子亀式のガイド鏡も持参しないといけません。となると、後片付けも実に大変。
これは、μ250CRSで最初に撮ったM57だと思います。カメラは、もうだいぶ前にブチ壊れて廃棄した「SEO Cooled 6D」と言う、冷却デジイチでした。このデジイチ、部屋の中でテストすると、調子が良い時は、外気温度より-30℃近く冷却してノイズを減らしてくれる優れものでした。
これは、前に使っていたシステムのμ250CRSです。勿論、合成写真です。
大山の鏡ヶ成近くで撮ったものです。しかし、この場所、特に夜間はガスの通り道になっており、快晴だったのに、突如ガスに覆われる事が多かったです。寂しいので女性を合成しておきました。まだ、パソコンを使って撮影していた頃ですね。あ、迷人会さんの乾燥空気装置で、筒先から適当に乾燥空気を送って結露対策をしていますね。
遠征で、μ250CRSを使う時は、NJP Temma 2赤道儀と、このJメタルJ三脚を使います。この三脚、15Kgもあるんですよ。以前、高橋のEM200 Temma 2Z赤道儀に乗せて写したことがあるのですが、ちょっとした風でブレて星が団子になるんですよ。あ、この黒いバック、間違えて2個注文してしまったのですが、意外に使い道がありそうです。
話が変わりますが、本日は、広島に原爆が落とされてから81年目の日です。
毎回、同じ様な事を書いていますが、下手をすると、私はこの世にいなかったかも知れません。
私の亡くなった母は優秀な人で、当時では珍しく女学校に通っていました。何でも、最初広島の学校に合格したらしいのですが、本命の京都の女学校に受かったので、原爆投下当時は京都にいたらしいのです。もし、広島の学校に行っていたら、私は生まれなかったかもしれません。
私が子供の頃、下隣に住む、お兄ちゃん達が「ピカドンがなぁ・・・」って話していましたが、当時の私には、それが何か分かりませんでした。
私は、広島の平和記念公園にも行ったこともありますし、長崎の平和公園にも行ったことがあります。そこでは、衝撃の遺品や写真を見ました。
また、漫才師の「夢路いとし・喜味こいし さん」の被爆体験を聞いたことがあります。それは、まさに地獄絵図だったようです。暗くなると、白く光るものが無数に空を飛んでいるのが見えたと言われていました。恐らくは、亡くなられた方の魂なのではと。
アメリカは、原爆投下で戦争を終わらせて、日米ともその後亡くなる人がいなったと、原爆を肯定しています。まあ、最近では、その考えに意義を唱える人も増えているそうですが・・・
アルベルト、アインシュタイン氏は、アメリカは原爆を作るべきだと言っていたそうです。しかし、それは、ナチスが原爆を開発しているとの情報が入り、ナチスより早くアメリカが原爆を持つべきだという意味だったそうです。なので、日本人初のノーベル賞受賞者「湯川秀樹博士」に会った時は、深く深く誤ったそうです。
また、原爆の父と言われる「ジュリアス・ロバート・オッペンハイマー博士」も、戦後、原爆被爆者に会った時は、涙を流して「ご免なさい、ご免なさい。と謝罪したそうです。
太平洋戦争は、一説では、日本人が大嫌いなローズベルト大統領が、戦争を起こすように仕掛けたとの説もあります。
なので、原爆は、同じ白人の国には使わず、日本に落としたのだとか。真意は分かりませんが、明らかに民間人を大量虐殺したジェノサイトと言われても仕方がないことではないでしょうか。
原爆を遙かにしのぐ水素爆弾を持つ国は、今や6カ国もあります。人間は何を考えているのでしょうか?爆弾で直接死ぬ人も多いのですが、その後、放射能の後遺症で亡くなる人も多いのです。人類そのものを消してしまいたいのでしょうか?
ところで、ちょっと突拍子もない話かもしれませんが、古代インドの叙事詩「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」では、核戦争が起こり、滅亡したとの話が載っているそうです。
古代の遺跡を見ると、古代には、現代文明をしのぐ高度な文明が栄えていたかもしれないとの考えも否定できません。ならば、その優れた文明は、何故消えたのでしょうか?核戦争でしょうか?
またも、話がワープします。
とりあえず晴れていたので、ベランダから天体写真を撮っています。今回は「ウィリアムオプティクス社のRed Cat 51 Ⅲ」と言う鏡筒を使いました。口径51mm、焦点距離250mmの小さな望遠鏡です。否、望遠鏡というよりは、優秀な望遠レンズみたいなイメージが正しいのかも知れません。「ZWO社のFF80-APO鏡筒」が故障した際に、Lemmon彗星を撮りたいが為に衝動買いしたものです。もう、ジェニがぁぁぁ!!
これを、ベランダにセッティングして撮影しています。NBZフィルターを付けて撮っていますが、さすがに、光害の多い町中のベランダからでは無理がありますね。
またも、ドライブ。優雅なもんじゃのぉ。
あれまー、今日もドジャースがカブスに負けて、5連敗だぢょー。もう、ワシをDHで出してけろー。カポーン、カポーンと、ホームラン打っちゃるけんね。
「夢みたいな話やな。」
「夢やがなぁー。往生しまっせ。」
あ、さて、またもドライブに出かけました。家にいたら、絶対酔拳状態になることが分かっていたからです。あ、その前に、ストレッチも筋トレも有酸素運動も家の中でやっておきました。えらい、えらい、なでなで。
しかし、車に乗り込んだは良いですが、行き先を決めていません。燃費を伸ばすために、白兎海岸に行こうか?いや、あそこは遠すぎる。
シートに座ってしばし考えます。しゃーない、金持神社に行こう。なんちゅーワンパターン。なんちゅーマンネリ。
金持神社の駐車場に着きました。割とシャカシャカ歩けています。しかし、石の階段は、傾斜がまちまちで、しかも狭いので、バランスを崩しそうになります。
もっとやばいのが下りです。膝が悪い上、アキレス腱も硬いし、足首も硬いので仕方がありません。若い頃だったら、走って下っていたかもしれませんが、年が年なので仕方がありません。
「世界平和と1億円が当たりますように。」と、お祈りしておきました。おい、おい。またかよ。
これが、金持神社です。逆光だったので白けています。
一瞬、そのまま帰ろうかと考えましたが、これまたチョーワンパターンで鏡ヶ成に行くことにしました。
何か、鳥取県の大山には、アホほど行っているな。表大山、裏大山。まあ、数えくれないくらい行っていますね。一番の理由は、まあまあ近いからなのですが、私にとっては「心のふるさと」になっているからでしょうね。
小学生の頃には、お袋に連れてもらって大山でスキーをしました。ある日、お袋が大山で拾った石を持って帰ってきました。それは、火山岩の様に見えて、とても興味を持ちました。
そして、高校1年の時に、初めて鏡ヶ成でキャンプをして、とても感動しました。確か、高校二年の時にも、地学部の活動として、鏡ヶ成でペルセウス座流星群の観測をしたはずです。しかし、私の手元にも、友人の手元にも、一切写真が残っていませんでした。
1977年7月、鏡ヶ成で見た星空は、決定的なインパクトを残しました。烏ヶ山のシルエットをバックに、恐ろしいまでの星空を見たのです。あれは、夢ではなかったかと思うほどの星空でした。(今では、街灯?に没しています。)
鏡ヶ成から帰る頃になって、雲がどきまして、烏ヶ山が姿を現しました。
擬宝珠山(ぎぼしやま)に繋がる、緑の道です。何かエエ感じです。
鏡ヶ成湿原には、いろいろな花がまだ咲いていました。
この黄色い花も良い感じです。
これは、ギボウシでしょうか?こいつは、既に枯れかけていました。
擬宝珠山をバックにユリも絵になりますなぁ。
この小さな黄色い花の群生も綺麗です。また、この湿原で、星を撮りたいと思いますが、根性があるかなぁ?鏡ヶ成で、熊の出没の情報は少ないのですが、こんな所で熊に逢ったらどうしようと、腰が引けてしまいます。
次に、鏡ヶ成キャンプ場も行ってきました。この鏡ヶ成橋は、大学1年生の時には、木造で、穴があいており、そこに落ちないように板が被せてありました。この新しい橋は、昭和54年竣工と書いてあります。ちゅーことは、西暦1979年か?私が大学3回生の時ですね。この年の夏は、33Kgのキスリングをかついで、鳥取県の大山を登り、更に縦走した年です。私は「ラクダの背」で滑落の危機に遭い、死を覚悟します。何とか、そこを通過出来たのですが、振子沢に向かう悪路で、友人の「タチゲ」が、岩場に顔面着地。左頬をざっくり切る事故に遭いました。ですが、このルートは、人が殆ど通らない場所のうえ、ちゃんとした道に出るには、とても時間がかかる場所だったのです。駒鳥小屋の下の河原でテントを張って、夜を明かしますが、疲れ果てて寝返りすら打てなかったことを思い出します。今から考えたら、ようあんなアホなことをやったなって思います。
今は「ホトトギス」エリアになっている場所にある炊事場です。私が大学時代までは、とても古くてきちゃない炊事場でした。この新しい炊事場が出来た時は「えらいモダンな物ができたなぁ。」と、思いましたが、現在では、結構古びた感じになっています。時は、流れたのです。
その帰りの事です。丸太を思いっきり積んだトラックが、かなりスピードを出して走っていました。と、急ハンドルを切って割り込んで来たのです。「ああ、すまん、すまん。」とでも言いたげにハザード出しました。「すまん。」と、ちょっとでも思ったら、割り込みするな、アホが。下手したら死んでいるところだぞ。
私は、仕事をしている時は、かなりの長距離を車で走っていましたので、第六感みたいなものが身についたようです。「あ、この車飛び出してくるな。」「あ、この車割り込んでくるな。」とか、分かる様になっています。この第六感がなければ、今頃生きていないかもしれないと思うほど、危険なシーンに遭いまくっています。
実は、鏡ヶ成から帰る時に、帰宅した時点での燃費を予想してみました。最初は、13.6km/Lと言う数字が浮かびましたが、すぐに14.5km/Lと言う数字も浮かんできました。さすがに、14km/L越えはないやろぅ、と思ったのですが、否、やはり、後で浮かんだ数値が正しいだろうと思い直しました。(以前と違って、一つの数字がパーンと出てくることが少なくなりつつあります。リモートビューイング能力が・・・)
駐車場に入る直前までは、14.5km/Lを示していましたが、停めた途端に、14.4km/Lにメーターが変わりました。あー、0.1km/L違いかぁ?でも、この能力が宝くじを買う時にあったら、今では億万長者ですわ。おほほ。
さてはて、夜になりにけり。星はちょこっと出ていますが、薄雲が結構あります。透明度も悪いです。てなことで、ベランダからの天体写真撮影は、やめ、やめ、やめー!!です。
直った液晶時計。 & 前日?否、今日の天体写真の結果。
昨晩、否、今日の午前2時に寝たので、本日は、午前10時まで寝ていました。と言っても相変わらず変な夢を見ていました。ゴルフをしている夢です。社会人の時は、お付き合いに必要だからと、最初は、先輩に無理矢理練習場に連れて行かれました。最後の方では、打ち方が全く訳が分からなくなって、やればやるほど、まともにスイングが出来なくなりました。
今回の夢は、ティーショットを、無茶苦茶な場所でやらされている夢です。これは、いくら何でも打てません。自分の好きな位置で打たせてくださいと言っている、変な夢です。私の若い頃は、理不尽な事ばかりでしたから、今になってとにかくパワハラ的な夢を見るのでしょうね。あーあ、寝ていても疲れるわー。
ところで、随分長い間使っていた目覚まし時計が壊れて、液晶の時計を買いました。と、これには、目覚まし機能がなかったのです。結局、後で、安い目覚まし時計も買う羽目になります。
ですが、その液晶時計の表示が、最近異常に薄くなっていたのです。まさか、寿命?否、買ってからそんなに経っていないぞ。しばし、考えて乾電池を替えました。「おお、液晶が復活したぞ。」この時計、電波時計なのですが、さて部屋の中で、電波を受信するのでしょうか?結構長い時間待っていましたら、受信して正しい時間を表示するようになりました。ちょっと、焦りました。
復活した液晶時計です。気温と湿度も表示出来るのは良いのですが、目覚まし機能がないのです。
どうでも良いのですが、社会人の最後の方では、腕時計を付けていない社員が結構な数いましたね。「だって、スマフォで分かりますやん。」って言っていたけど、腕時計はあった方が良いですよね。
私は、高い腕時計には全く興味がなく、長年、CASIOのプロトレックを何種類か使い続けています。電池は不要。電波時計なので、時間が狂っても、自分で直してくれる。防水。登山にも便利。てなことで、ロレックスとかオメガとかカルティエ何ぞには全く興味がありません。中には、投資的な目的で高級腕時計を買っている方もおられますけどね・・・
あ、本日もメジャーリーグのロジャースが、カブスに負けて、4連敗です。これまで、勝ちすぎていたので、疲れが出て来たのかも知れません。
さて、実は、本日は「いいちこ」のアルカリイオン水割を飲んで、寝てばかりいました。背中や腰が痛いのに、そこそこ長い間寝ていたようです。
夜になり、天体写真の画像処理をしていました。空の状態が芳しくなかったのと、NBZフィルターを付けてのゲイン300の300秒では、露出不足だった様です。
これは、7月26日に「ASI AIR」で撮った金星です。見た目は、とんでもなくユラユラしていました。大気分散補正プリズムも使っていませんし、何故か「Registax 6」も動きませんでした。とりあえず形が分かる程度になって良かったわー、ちゅー感じです。
これは、バンビ星団(M24)です。ちょっと焦点距離が長すぎました。フラットフレームが悪かったのか、変な緑色のムラが出てしまっています。
上がM20(三裂星雲)と、下のM8(干潟星雲)です。露出が足らんなー。
これは「NGC6604」付近ですが、何や訳が分かりません。初めて撮ったのでは?
今晩も、ベランダから天体写真撮影をしようとセッティングしたのですが、風は強いし、だんだん雲が押し寄せて来ましたので、諦めました。念の為に、望遠鏡は、部屋の中に回収しました。
風は、遠くにいる台風13号の影響でしょうか?
ちょっと頑張りました。結構歩きましたよーん。
このところ、若干怠け気味だった、ストレッチと筋トレを、部屋の中で全メニューをやりました。エアコンをかけているのに、汗だくになります。
しかし、ストレッチは、やってもやっても身体の柔軟性は良くなりませんね。形状記憶合金宜しく、その時は、若干身体が柔らかくなりますが、翌日には全く元に戻っていますからね。
筋トレで一番きついのは「ナイスデイ」と言うステッパー運動です。結構負荷をかなりかけた状態で20分間行います。ダンパーからオイル漏れをしてきていますので、ご臨終が近い器具です。
次にきついのは、前蹴り100回ですね。大学時代は、何百回もやっていましたのにね。そして、最近きつく感じるのが、腹筋運動です。今日は40回やりました。これも、大学時代は、100回以上連続でやっていましたが、今では到底無理です。腕立て伏せ運動も、40回でダウンです。自分の年を考えれば仕方ないのかもしれませんが、何か情けないほどの体力低下です。
ところで、一昨日の観望会のお手伝いの日に、TOさんが「RC ASTRO」のアプリを買おうかなぁって言っておられました。今では単体でも動きますからね。
収差まで優秀なデコンボリューション処理で補正してくれる「BlurXTerminator」に関しては「PixInght」のプラグインか、単体で動作します。
後の「RC ASTRO」のアプリは、単体、「PixInhthtのプラグイン」、「Photoshopのプラグイン」、「Affinity Photoのプラグイン」で動作します。
つまり、最悪?の場合「RS ASTRO」のアプリは、単体で動くのです。これは、すんごい魅力ですね。
近々「Photoshop」のサブスクの契約が切れます。かと言って「PixInght」までは買う財力も、頭脳もありません。ならば、確かに「RC ASTRO」の単体で動くアプリを無理して購入することもありかも知れません。
ちょっと気になるのは「BlurXTerminator」以外のアプリは「Affinity Photo」のプラグインで動くと書いてありますが「Affinity by Canva」のプラグインとしては使えるのでしょうか?また、Macの場合「ターミナル」にそれ相応の「コマンド」を打たないと動かないのではないかと思ったりしています。
チャッピー君に質問してみましたが、情報がまだ入っていないのか、ちょっと曖昧な答えしか返ってきませんでした。「AC ASTRO」のアプリは「BlurXTerminator」以外も単独で使ってちょっ!だってさ。あー、最新の情報が欲しいな。とりあえず単独では動くみたいなので、二度手間になるかも知れませんが、その恩恵は受けられそうです。
あんれー?一時期、介入があったようで、円高に振れたのですが、直ぐに反発したと思ったのですが、ネットで調べた円レートで「PixInght」と「RS ASTROの3つのアプリ」の価格を調べてみました。前より少し安くなっているぞぉ。「BlurXTerminator」だけを買って、後は「Siril」等の今まで使っている画像処理アプリで仕上げる方法もありかもね。
結局、日米の協調介入があって、円高に振れたとのことでした。
さて、時は流れにけり。
家にいたら、寝たきりジジイになるので、久しぶりに、鳥取県大山の大神山神社奥宮に行ってみることにしました。
まずは、博労座第4駐車場に車を停めました。平日の、一番クソ暑い時間帯なので、車はパラパラとしか停まっていません。それにしても、あぢぃー。こんなんで歩くの?うそやーん。ま、ここまで着たなら歩かない訳にはいきませんね。
首にNikon D850だけをぶら下げて歩き出しました。あ、Gパンで歩くのはダメなのよ。汗が出ると、足にまとわりつきますからね。
おりょ?意外にも、足は動くし、心肺機能も大丈夫そうです。
「これなら、14分台が出るんじゃねっ?いや、さすがにそれは無理か?」と思っていると、何故か、頭の中に「17分35秒」の数字が浮かびました。いんやー、いくらなんでも、そこまではかからんやろ。16分台では行けるやろ。
自分の中では、結構スムースに歩けていたつもりでした。
すかああああす、到着タイムは、ゲロゲロ・・・
これが「大神山神社奥宮」です。
んで、到達タイムは、17分13秒とな?うそぉー。ストップウォッチを押すのに手間取って、3秒ほど余計に時間がかかっていますが、まさか、17分台になるなんて・・・結構順調に歩いていた気がしたんだけどな。
大神神社奥宮の横の方には、下山神社がありますが、まだ、内部の工事をされていました。関係者とおぼしき方に「暑い中お疲れ様です。ところで、完成はいつ頃ですか?」と尋ねましたが「いやー、まだまだかかるみたいですよ。」とのこと。
大神山神社の脇には、こんな実がなっていました。多分、ナナカマドかと。これから時間をかけて赤くなっていきます。
大神山神社奥宮から降りるところです。この石の階段を降りると、ムチャンコ膝に負担がかかるんですよ。ですが、大山登山から、かなり間を空けたので、痛みが走ることはありませんでした。おお、セーフ、セーフ。
下る途中「金門」と言う場所から「賽の河原」に降りてみました。「何じゃ、こりゃああああ!」植物が茂りまくっています。今日は、大山山頂付近にはガスがかかってはいましたが、これでは、ここから大山北壁が見られなくなるのも、そう遠くない未来かもよ。
多分、ここが本当の「金門」でしょうね。特に左の岩に木が生えまくりすぎ。
佐陀川の水も、結構少なくなっていますね。このアングルだと分かりづらいのですが、直角に切れ込んでいるんですよ。高所恐怖症のアホ衛門には、ちと怖い場所です。高所恐怖症で、山を登るなよっていう話ですよね。
金門のお地蔵様には、熊本で地震の被害に遭った方の平安や、戦争がなくなりますようにと祈っておきました。あ、1億円当たりますようにと、これも祈っておきました。えーい、このたわけ者が!!
下りは、時間を気にすることもなかったので、通りすがる方達に挨拶しまくりました。ですが、白人の子供連れのパーティの方は、反応が薄かったなぁ。怪しいジジイと思われたのかなぁ?
この後、突如「どっと疲れが4の字固め」状態になりました。このところ、アル中の寝たきりジジイになっていたからなぁ。足が動かん。でも、ちょっと頑張ってみようとすると、スピードがかなり戻りました。ああ、メンタル的な疲労の方が大きかったかも。
やがて、この鳥居が出て来ます。登る時は、しんどくて、ご挨拶を忘れておりましたので、頭を下げておきました。
そこからすぐ近くには、大川寺に登る階段があります。
大川寺橋から、佐陀川と大山北壁を望みます。どわわわー。何じゃ、こりゃあああ!!まるで樹海ぢゃないかよ。温暖化のせいで、見る度に植物が伸びまくっています。そのうち、ジャングルになるんじゃないか?
あまりにも汗をかいたので、大山ナショナルパークセンターに入りました。エアコンがかかっており、ドアを締めるようになっていました。えー?このドアを閉める状態は初めて見たぞぉ。それほど暑いと言うことか?尚、このご時世にはあり得ない100円のファンタを買って飲みました。先に入っていたおっちゃんも、同じものを飲まれていました。100円は魅力だよなー。
ところで、全く訳の分からない交通事故を見ました。初めは「何だよ、こんなところに停まって。邪魔だろうが。」と、思っていました。しかし、何故、こんなところにぶつかるのって言う感じで、自爆事故をされていました。乗っていた二人は、ケガもなく、どこかに電話をしていたので、敢えて声をかけませんでした。
何故、ここに突っ込む?脇見?スマフォのながら運転?アクセルとブレーキを間違えた?
その後、レッカー車が来ていました。タイムズのカーシェアの車みたいで、レンタカーナンバーの(わ)を付けておりました。とにかく、訳の分からない事故現場でした。フロントバンパーは、かなり大破していましぞ。
その後も、いろいろありましたね。交差点になっている場所があったのですが、前を走っていた車が、停止線の前で止まらず、ラインを越えた場所で停まっていました。警官がいたら、青切符だぞ。しかし、全然前に進まないのです。「今は、車が来ている感じはないのに、何故、止まったままなんだ?」と思っておりました。すると、インターの出入り口が4箇所もあって交通量が激しい場所で、Uターンしようとしているイカレた奴がいました。当然、何度も切り返して方向転換しています。直ぐには方向は変えられません。こんな交通量が多い場所で何しているんだ。視界も悪い場所だぞ。事故が起こるだろう!!
何故、こんな場所でUターンする必要があるのだ?これはGoogleEarthでの写真で車は沢山写っていませんが、この時は、結構な数の車が走っていました。
本当に、道交法の「ど」の字も分からん奴が一杯いるのですよ。私の車の目の前で、横から飛び出してくるアホも、毎日何度も遭遇します。無理矢理割り込んでいて、全く流れに乗らずに、ノロノロ運転していたり。まあ、マジで腹が立ちますわ。
その後、ガソリンを入れに行ってきました。このところ、ちょい乗りしかしていなかったので、何と燃費計は10km/L以下を示していました。ここは、結構格安な上、会員価格、クーポン、ポイントを使わせていただきました。ありゃ?それでも、結構高かかったです。1Lにつき83円の時代が懐かしい。多分1998年前後の岡山時代の価格ですね。
さて、怒りを放出した後、とりあえず星が出ているので、ベランダに望遠鏡をセッティングして、写し始めています。極軸を出す機能の「PA」は、何か動きが怪しいです。星がよく見えていない時には、誤った結果を出してしまうことがあるようです。・・・ですが、今回は、まあ、何とか極軸が出たと思いたいです。
撮影時は、室外機からの熱気を防ぐために、エアコンを切りますが、なんと室温は31℃になっておりました。
熊本の方は、本日は酷暑日になり、夜も、エアコンがないところで寝転がっている方も多いかと思います。私の場合は、趣味で、一時的にエアコンを切っているだけなのですが、熊本の方はさぞかし辛いと思います。
さて、話は戻りますが、この気温ですので、CMOSセンサーの温度は-40℃に設定しました。実際、そこまで冷えるかは疑問ですし、機材に負担をかけるので止めた方が良いのかも知れません。(知らんけど。)
尚、今回の鏡筒は「FF80-APO鏡筒」なんですが「2600MC DUO」のガイドチップからオートガイドが出来ています。何で、まるで出来ない時があるんだろう?接触が悪いのかなぁ?
最初に撮っているのは、M20とM8です。これは、本音を言うと、もう少しだけ焦点距離が短いと丁度良いんです。微妙に、視野からはみ出ている感じが否めません。「ウィリアムオプティクス社のRed 51 Ⅲ」を使ってみようかという気持ちはありましたが、組み立て直すのが面倒臭かったのです。私は、怠慢ジジイなのよ。
とりあえず、複数の対象を撮りましたが、オートガイドが結構暴れていまして、多分ろくでもない写真にしかならないでしょう。
今、8月4日の、午前2時です。そろそろ寝ないと。
本日は、亡くなったお袋さんの棚経でした。
本日、姉の家にて、ご住職さんに来てもらい、お袋さんの棚経をして頂きました。ご住職さんは、これからが、忙しさのピークになるそうで、前回来て頂いてもらった時は「ここしばらくの記憶がないんですよ。」と、言われていました。
本当は、我々、母の子供達の永代供養を、確認しておきたかったのですが、何となく、尋ねるタイミングを失ってしまいました。来年の棚経まで、二人とも頑張って元気に生きておこうと言うことと相成りました。来年こそは、墓じまいや、私達の死後の永代供養に関して、大凡の事を確認しておかないと。
それにしても、あぢぃー。マンションの住民とエレベーターの中で一緒になりましたが、合い言葉の様に「暑いですね。」と。
8月でっしぇー。
もう8月ですか?はぇーですだ。今年こそ、大山で蛍の乱舞を写そうと思っていたのですが、それも出来ず。大山登山は、5月31日に、足がつりまくり、痛めていた左足もなお一層痛めて、中断中です。体調も悪く、眠れる森のジジイですぢゃ。
これでは、あかん。どけんかせんといかん。by 東国原氏
にしても、あぢぃーですじゃ。大谷選手が24号ホームランを打ったところで、暑いものは暑い。
今、14時半ですが、空は雲が多いですねぇ。今夜の観望会のお手伝いの時間帯は、SCWの最新の雲予想では、まずまずの予想ですが、本当に晴れるんですかねぇ。
とりあえず、クソ暑い中、機材を車に積んでおきましょうかねぇ。おっ?外に出てみたら、晴れているエリアが圧倒的に多かったです。たまたま、部屋から見た場所が曇っていただけでした。私って、バカね。おほほ。
おお、我が家の食料が尽き始めました。スーパーに買い出しに行かなくては。ですが、この8月から、食料品がアホほど上がるみたいですよ。年金暮らしのジジイは、死ねちゅー事でしょうか。
ついでの、おお!!です。為替介入が多分あったのでしょうね。一時期、1ドルが157円20銭台になりました。直ぐ反発したみたいですけどね。
とりあえず、ネットに乗っていたレートで計算しました。
おお、超久しぶりに「PixInght」と「RC ASTROの3つのアプリ」の合計が、9万円を切りました。多分、サマージャンボ鶴田宝くじが1億円当たっているから、買えるかも知れんぞぉ。(持っていたって、アホ衛門の頭では使いこなせないでしょうけど。更に、ちゃんと遠征して天体写真を撮れよちゅー話ですわ。しかも、ジャンボ鶴田って、若い人には分からんプロレスラーかもしれんぞ。)
予告通り、一番暑い時間帯に、スーパーに買い出しに行ってきました。近くに歩いて行けるスーパーもあるのですが、品揃えがあんまり宜しくないので、車で大きなスーパーに行っています。
何かクラクラするなって思ったら、ここ米子市の最高気温は37℃だったそうですわ。アホちゃうんか?私の平熱より高いがな。おりょ、浜松市は、39.7℃だったてよ。もうちょっと頑張ったら酷暑日になれたのに。(失言。)
そう言えば、昔、東京の八王子市を、歩いて営業に行っていた時のことです。この頃のアホ衛門は、朝は早く、帰りはいつも午前様の生活を送っていました。あー、クラクラする。いよいよ、ダメかもと思っていました。得意先に合う寸前で、失礼の無いようにジャケットを着ました。すると「えーい、暑苦しい。脱げ脱げ。」と、言われましたね。
後で、テレビを見たら、その日は39℃あったそうです。まあ、そんな体調で、毎日、クソ重たい鞄を持って、死ぬほど歩いていたらクラクラもしますよね。
若い時ですから、そんなことをしても何とか生きていましたが、そのうち、緩やかな坂道が登れない、まともにしゃべれないほど、疲労が溜まりましたね。得意先からも「大丈夫か?」なんて心配されました。
その頃は、まだ、会社としてお中元やお歳暮を配るのが当たり前の時代でした。電車と歩きで、その品物を配るので、死ぬほど大変でしたね。大きな荷物を持って、満員電車に乗り、駅から得意先まで延々と歩くのです。コインロッカーがない駅も沢山ありまして、沢山の品物を持って歩きました。すると、取引量が少ない得意先から「おっ、何だ、その多きものは?ははーん、少し先のあそこに持っていく奴だなぁ。」って皮肉を言われることも何度かありました。
東京は、ちょっと探せば欲しいものは何でも買うことが出来ました。しかし、人が多すぎて、人酔いもしましたね。東京は遊ぶには便利だが、住むところではないって思いました。
東京時代の土曜日は、オフロードオートバイの清掃やメンテを行い、日曜日には、奥多摩の「ノコギリヤマ林道」を走りに行くのが定番でした。道路が凍っていようが、どんなにクソ暑くても、走りに行っていましたね。
これは、長野県野辺山の民宿「こっつぁんち」で撮ってもらった、YAMAHA DT200Rです。クリスマスの日に「ノコギリヤマ林道」を走っていたら、アイスバーンで吹っ飛んで、左足の太い骨がポキッと折れ、左くるぶしの表面の粉砕骨折をしましたね。
これは、DT200Rを臼田の電波望遠鏡の近くで撮ったものです。ちょっと改造していますよ。
4ストロークの、HONDA XLR250Rにも乗っていましたね。おお、ハンドルは「レンサル」、マフラーは「スパートラップ」、タイヤは「ピレリーのガラエンデューロ」、フロントディスクブレーキ周りは「アシャルビス」のパーツを付けていました。純正のシートには、紐?が付いていましたね。あれは、何だったのでしょうか?タンデムの時に、そこを持つでしょうか?私は、タンデムステップも外していましたし、当然、その紐も外していました。体重移動する時に、その紐は邪魔になるかも知れないと思っていましたので。
現在は、本格的なオフロードオートバイは、数が少なくなりましたね。これは「カワサキのKLX230 SHERPA」です。この矢印の紐は、何なんでしょうね。
私は、基本的にタンデム走行はしません。名古屋にいた時に、友人の「タチゲ」を乗せてちょっと走った記憶はあります。鹿児島時代に、オートバイのスタッフが「この女性は、足がないから、タンデムで乗っけてあげてください。」と、言われた事がありますが、丁重にお断りしました。私は運転が上手とは言えず、責任が持てないからです。また、オートバイを知らない人を後ろに乗せると、カーブで、変に横に体重移動をされるので、怖いんですよ。「自分で体重移動するなよ。荷物みたいにになってくれ。」と言ってタチゲをタンデムさせたような記憶が。
ちなみに、この写真のオフロードオートバイは、本格的なオフロードを走ると、すぐダメになりそうな気がします。そもそも、林道が年々なくなっていますからね。
時は流れにけり。
星空観望会のお手伝いに行ってきました。ちょっと、早いかなって思ったら、既にTOさんが、機材を組み立てにかかっていました。ZWO社のAM7赤道儀に、セレストロンのC11を乗っけておられます。勿論、転倒防止のカウンターウエイトは付けておられました。前回、ファインダーでは、M13が導入しづらかったとのことで、(天頂付近にいるので姿勢的に厳しい。)ファインダー的な小さな望遠鏡にCMOSカメラを付けて自動導入をされるのだそうです。実は、前回、私も同じ事をやってみたのですが、ファインダーと望遠鏡の光軸がズレていたのか、全く旨いこといきませんでした。
私はと言うと「ZWO社のAM5N赤道儀」に「同社のFF80-APO鏡筒」を乗せて、2600MC DUOで電子観望を目指しました。
しあああああし、何故か、極軸合わせの「PA機能」が途中ですぐに止まっていまいます。仕方なく「K-ASTEC社の外付け極軸望遠鏡」で、いい加減に極軸を合わせました。以前のテストで、この極軸望遠鏡の光軸は少しズレているのは分かっていますが、致し方ありません。
それに、オートガイドの調子もイマイチです。それでも、何とか天体を導入することが出来ました。
M51は、薄雲がかかっているのか、全然写り方が悪いです。ヘルクレスのM13は、割と直ぐに画像が出て来ました。さそり座のM4は、ガイド鏡が木陰に邪魔されてダメです。
皆さんが帰られた頃に、M27を導入してライブスタックしたら、とても綺麗に見えました。しまった、初めからこれを入れとけば良かったわー。
これは、だいぶ前、まだ今よりもずっと下手クソだった頃に、撮ったM27です。これが、ちょっと淡い感じで見えていました。画像は、今回の電子観望の方がシャープでしたよ。
おお、処理しましたよ。短い時間、ライブスタックしたM27です。
これは、上記の写真をトリミングしたものです。一応「Siril」なんぞで画像尾処理しています。時間が短いこともあってノイズィーです。しかし、こうして見ると、一番上の写真は、ピントが甘いし、ガイドも甘いですね。
また、この場所とは、相性が悪いのか、WiFiが一回切れました。3階のドームの横だと、何らかの電磁波と干渉することが頻繁にありますが、まさか、駐車場?でも切れるとは思っていませんでした。
ちなみに、今回は、Aさんが「Seestar S50」で電子観望。Mさんと、その弟子?の方は「三鷹のGN-170にペンタのSDレンズを使った口径125mm屈折望遠鏡」を。倉吉市からわざわざ来られたMさんは「ケンコーの10cmのマクストーフカセグレンと、アクロマートの屈折望遠鏡」を。時折顔を見せる方は(お名前を失念)は「ビクセンの望遠鏡を」を、Tさんはいつもの「高橋製作所のMT-100を経緯台」で、観望のお手伝いをされていました。結構機材が集まったなあ。
今回もあまりお役に立たなかったと思いまして、最後まで残って後片付けを行いました。
電子観望で、ガイドがおかしくて、星がコの字に写ることがありましたが、その修正の方法も、今回初めて知りました。ああ、情けなや。
でもですね、こう言った会合は嬉しいですね。いろいろな人の話が聞けますからね。
思えば、初めて、長野県野辺山の民宿「こっつぁんち」に行った時の、衝撃は今でも思い出します。1985年の盆休みの事でした。
初めて会った人でも、友人の様に仲良くなり、酒盛りをする。一緒に温泉に行ったりする。
「こっつぁんち」は、今では昔のスタイルではありません。これは仕方が無いことです。しかし、昔の「こっつぁんち」が懐かしい。その人が了解すれば、若い女性でもマッサージをしたりすることもありました。一緒にバーベキューをすることもありました。一時期は、フォークコンサートをしたりすることもありました。
こっつぁんは「あの頃は、何をやっても受ける時代だったんだよ。」と言っていました。あの頃は、人と人とのふれ合いが当たり前に出来たいた様な気がします。
1990年の写真です。左からKさん。最近まで年賀状でのやり取りはありました。左側から二番目の女性は、京都から一人でオートバイで来たTUさん。色白で、好きなタイプでした。飲み会の時は、とても仲良くなりました。でも、それだけでした。右から二番ののKさんは、1985年に初めて相部屋になった人です。右端が、まだ若いアホ衛門です。女性も含めて、一緒に露天風呂にも行きましたね。
今では、そこまでの出会いはなくなりましたね。寂しい限りです。