2024年5月1日(金)
のっけから勘違いをしていました。GW後半は5月3日から始まるので、道路が混む前の5月2日から、長野県に入ることを考えていました。
と、「うそーん。5月2日は土曜日だから、5月2日に出発したら、一番混んどるやなかい。」
かくして、前日の夜に出発することにしました。
用意にはアホほど時間をかけてしまいました。まあ、いつもの悪い癖です。要らんものまで、もしかしたら、これもあれも必要になるかもしれないと、全部車に詰め込んでしまうのです。いっぺん死なないといけないな。
但し、満月近い月が煌々と輝いている時期なので、望遠鏡はもって行かないことにしました。これによって、後部座席を倒すことなく荷物を入れることが可能になりました。
寝不足で車を長距離運転することはとても危険です。そのため、5時間位夕寝?をすることが出来ました。いいちこと眠剤を飲んで。寝られない心配もありましたが、ちゃんと寝ることが出来た様です。
出発は、予定の22時ではなく、それより少し早い21時40分でした。最低限必要な箇所を除いて、コンセントを外しておきました。万が一、溜まった埃が原因で火事になったら大変ですから。
午後9時40分にスタートです。うー、何か忘れていないかな?大丈夫かなぁ?私は心配性なのです。
ちなみに、雨は止んでいるようでしたが、道路は濡れており、結構気温が下がっています。おお、ちゃっぷい、ちゃっぷい。着替えは半袖も結構用意していたけど、出番はなかったりして・・・(結局、半袖の服は着ることがありませんでした。)
まずは、無料の山陰自動車道を走りました。次に、これまた、無料の鳥取自動車道を走りました。どこで、中国自動車道に連結しているのかがよく分からなかったのですが、ひたすら真っ直ぐ走れば良かったですよねぇ。しかし、折角洗車したのに、水しぶきで車が汚れていきました。更に、片側一車線の道路を軽自動車が、まああり得ない程チンタラ走っていてイライラです。
何とか、作用ICから中国自動車道に入りました。時間が時間なので、渋滞はありません。早く出て良かったわー。
23時53分揖保川PAに到着。ほんの少し休憩をとりました。
2024年5月2日(土)
午前0時に、念の為に小用を足したのと、少し休憩をとりました。道路は濡れているところが多かったのですが、雲の合間から、満月に近い月が煌々と輝いていました。あれー?ここって、どこのPAだったか記録していませんでした。アホぢゃ。
午前3時18分、愛知県春日市の内津峠PAで休憩を取りました。おお、順調すぎるぞー。
ところで、4時20分頃には、空が白んできまして、4時半頃には空がかなり明るくなってきました。そうか、5月だもんな。明るい時間帯がどんどんながくなっているのですよ。しかも、東に移動しているので、尚更、明るくなる時間が早くなるのです。
午前4時55分、小黒川PAで休憩を取りました。座光寺PAで休憩を取りたいと思っていましたが、車が一杯で、駐車スペースをはみ出して停まっている車もあったのです。どうやら、夜間に出発して、PAで仮眠を取っている車が多い様でした。
がー、このペースで走れば、午前6時半頃には、長野県野辺山にある民宿「こっつぁんち」に着いてしまうぞぉ。
午前6時7分には、小淵沢ICを降りて、近くにあるローソンに車を停めました。と、向こうの方で、前向きに停めている車がいました。しかも、駐車スペースに、思いっきり斜めに停めています。「どんな停め方しとんのじゃ?」と思っていると、しばらくしてから、急にバックしてきました。私の隣のスペースに停めようとしたのでしょうが、明らかに私の車にぶつかる角度でバックしてきました。まあ、結局ぶつかりはしませんでしたが・・・一瞬マジで焦りましたよ。更に、コンビニで何を買うわけでもなく、突然、発車していきました。何じゃ、こいつ??
ローソンでは、サンドイッチ、おにぎり、暖かいペットボトルのコーヒーを買って朝食としました。
小淵沢のローソンまでの燃費は16.4km/Lでした。やはり、山陰からだと登りになるので、この程度の燃費になってしまうのでしょうね。
ガソリンを入れようとしたのですが、いつものガソリンスタンドは、有人のところなので、当然まだ空いておりませんでした。
その後、八ヶ岳高原ラインを走りました。ここは、いつも走っており、途中で富士山などを撮ろうと思っていたのです。しかし、道には、小枝が沢山落ちていました。そのままでは、タイヤや車自体に傷が付きそうなので、対向車がいないことを確認して、反対車線に出て避けることの繰り返しです。枯れ木だけではなく、緑色の枝も落ちています。何が起こったんだ?よくやく、峠の天辺に着く頃に、それ程太い木ではありませんでしたが、木が倒れて、道路全体を完全に塞いでいます。あ、だめだ。迂回しよう。
このため、40分以上、到着時間が遅れました。まあ、早すぎる時間なので、むしろ遅れた方が良いのです。
「こっつぁんち」の横を通りましたが、車が4台くらい停まっていました。ありゃ?大きなワンボックスカーは、自家用車ではない様な気もするな。(トライアスロンの練習に来ていたアルファードでした。)
「こっつぁんち」の直ぐ近くで燃費を見ると16.1km/Lになっていました。ありゃ、減っちまっているがな。ガソリン残量はまだ少し余裕がありました。
行くところもないので、飯盛山の登山道入り口にもなっている「平沢峠」に車を停めました。
8時22分に「オマサ氏」からメールが届きました。既に八千穂まで来ているとのこと。そこで「わたしゃ、既に平沢峠に来ていますよー。」と返事。すると、何と、彼は下道で来る予定だったのですが、高速を使って急いで来てくるとのこと。ありがたやー。
午前9時21分の「平沢峠」です。既に、結構な車が停まっています。飯盛山に登る方が多い様です。飯盛山は、ちょっとしたハイキング気分で登ることが出来る山です。山頂からは富士山や八ヶ岳など眺望が素晴らしいです。私も、時間に余裕があったら登ろうと考えて、登山靴やトレッキングポールを用意していましたが、どうにもこうにも左足が痛くて、早歩きすら出来ない状態でした。結局、この度では登ることはありませんでした。
オマサ氏が来るまで時間がありましたので、ガソリンを入れに行くことにしました。ネット検索すると、隣の山梨県の清里駅の脇に、安いガソリンスタンドがあると書いてあります。「えー?そんなところにガソリンスタンドがあったけ?」行ってみると、案の定ありませんでした。そこで、R141を少しだけ下ると、前にも使ったことがあるアポロガソリンスタンドがありましたので満タンにしました。山梨県の方が長野県より明らかにガソリンの値段が安いのですよ。長野県で入れなくて良かった。
スタンドの方に「八ヶ岳高原ラインを走ったんですが、木の枝が沢山落ちていて、最後には、道路を完全に塞いで木が倒れていました。何かあったんでしょうかねぇ?」と店員さんに聞いてみますと、昨晩、暴風雨があり、その後、雨は止んだのですが、またも相当な暴風が吹いていたのだそうです。はるほど。しかし、あの状態を考えると、台風並みの風だったのでは?
その後、オマサ氏と合流しました。
野辺山45m電波望遠鏡の人気は、昨年に続いて凄まじかったですね。少し前に、TVのロードショーで「名探偵コナン隻眼の残像」が放映されたこともあるのでしょうね。駐車場は、特別な方を除いては停めることが出来ない状態になっていました。野辺山スキー場があった場所に停めて、そこから無料のシャトルバスで行くしかないようです。(オマサ氏と歩いて行きましたけどね。)
ところで、平沢峠では、ワンちゃん連れの人が多かったです。柴犬は、とても人なつこかったです。また、二匹のフレンチブルドッグの1匹は、獅子岩近くの溶岩の岩から少し転げ落ちて、転げ回ってブヒーみたいな変な声で泣いていました。大丈夫だったかな?
平沢峠で、朝見た八ヶ岳は、結構雪が積もっている様に見えました。昨日の天候で、新たに雪が積もったのだと思います。
午前7時40分頃に撮った八ヶ岳です。やはり、新たな積雪がありますね。
Nikon D850の300mm望遠で撮った赤岳です。新雪が積もっていますねぇ。また、矢印の所、2箇所に山小屋が写っています。恐らく沢山の登山者が停まっていることでしょう。案の定、翌日には雪は一気に溶けていきました。
これは「獅子岩」と呼ばれる溶岩です。どこが獅子やねーん?っていつも思っています。もしかしたら、風化で形が変わった?ちなみに、数年前から、この獅子岩のエリアには金網が張られています。鹿が草を食い荒らすのを防ぐ処置なのだそうです。
午前11時前に、清里にあるジャガイモの料理店「ふきのとう」に行きました。ちょっと早かったので、しばし、駐車場で待ってから入りました。
店主の「農薬さん」と「奥様のトモちゃん」は、店が始まる前から、疲労感が半端ありません。昨日に、大勢のお客さんが来られて疲れ切っているのだそうで、ため息をつかれていました。
私は、ジャガカレーとホットコーヒー、1.,700円也を食しました。ありゃー、値段が上がっているぞ。まあ、この物価高のご時世では仕方がないか。ちなみに、普段は、外食をたまにとっても1.000円以下です。ちょっとした贅沢です。
食事が終わった後に「ふきのとう」を撮りました。過去には、堀北真希さんや、杉村太陽さんが撮影のために来られたお店です。
開業は「こっつぁんち」と同じ年だそうです。農薬さんの息子のDちゃんが、今回もお手伝いをしておられました。常連客の特権で、Dちゃんが採ってきた「タラの芽」の天ぷらを少し頂きました。ありがたやー。これがうまいのよ。
ちなみに、Nikon D850で撮った写真は、これが最後でした。後は、iPhone 16 Proで撮っていました。アホすぎる。折角持ってきたのに。
おお、14時過ぎに「平沢峠」でバスの時刻表を撮っていますね。と言うことは、この近くで「タラの芽」を少し採ったのは、この日だったか?記憶が・・・
この日、コゴミを採っていた場所に行ってましたが、いつも車を停めている場所は、工事車両が入っていて、車を停めることが出来ませんでした。タラの芽は、飯盛山の隠れた穴場で少し採れた程度です。これは、オマサ氏にすべてお渡ししました。(まあ、採ったのがオマサ氏でしたから当たり前か?)
私は、午後3時過ぎに「こっつぁんち」に入りました。
今回、私達が泊まった部屋は「アルタイル」でした。実は「アルタイル」に泊まったのは、初めてかもしれません。いつも、手前の部屋に泊まっていましたからね。
こっつぁんちには、多くの天体写真が飾ってあります。結構私が撮った写真もありますよ。これは、ヘール・ボップ彗星ですよ。
食事は、こっつぁんの息子さんのTちゃんのお店「カナディアンロッキー」で撮りました。この時、雨が少し降ってきていましたね。私は、ジェニがないので「シーフードピラフ1.080円也」を食しました。オマサ氏は、まだ働いていることもあって結構豪勢に食べていました。
ふと、お隣のお客さんを見ると「ありゃー、多分、野辺山天文台の所長さんのご家族だよ。」
さて、今日のお客さんは、1週間も泊まると言う、トライアスロンの練習に来た3人組、京都から来られたご夫婦、昔、人の別荘だったところを買い取ってリノベした「NOBEYAMAキラリ」に泊まっている方達だけでした。昔と違って、少し話をした程度です。
若い時は、初めて会う人とも皆で酒盛りをしていた時代があったんだけどなな。まあ、これも時代か?
ところで、こっつぁんは、昨年から、とある病気になっていまして、足がパンパンに腫れていました。今年は、少し良くなって平気で庭仕事をしておられました。服用している薬剤や、その病気の原因を聞いて、ああ、あの病気になっているんだなって分かりました。もう退職しましたが、以前、薬品会社にいましたので・・・嫌な性分です。
夜になって、オマサ氏とこっつぁんと酒盛りが始まりました。オマサ氏が宝焼酎を持ってきていましたが、こっつぁんは、私の「いいちこ」をじっと見ると、それをよこせと、目で合図しています。「いいちこ」を野辺山で広めたのは、こっつぁんだと何度も言っていましたからね。こっつぁんは「いいちこ」が大好きなんですね。
夜、他のお客さんとは殆ど接触がなかったので「大木こだま・ひびき さん」の漫才のYouTubeを見ていました。オマサ氏と私は、この漫才が大好きなんですよ。
ちなみに、この日は長距離を運転したせいか、酒盛りの後、空間が歪んでいるような変な感覚に陥りました。前の方が、下り坂になっているような感覚で怖かったです。
部屋に戻るやいなや、オマサ氏はイビキをかいて寝てしまいました。午前4時起きらしいのです。まあ、本当にこの人は素晴らしく性格が良い人なのですよ。なんまいだー。拝むな、拝むな。
私は、耳栓をして、痛み止めと、二つの眠剤を飲んだせいか、珍しく熟睡が出来た様です。相部屋で寝る時は、耳栓が必須です。自分自身もイビキを書きますからね。
尚、私は、大山以外では、山小屋に泊まったことがありませんが、山小屋でも耳栓は必須道具です。他の方のイビキで寝られなかったと言われている人がいましたからね。
2024年5月3日(日)
午前6時に起床。本当に珍しく熟睡が出来た様です。とは言っても寝起きは身体が、とたも怠いです。薬の副作用かもね。また、膝も痛いし。
朝食は、オマサと二人だけです。トライアスロンの方達は、アルファードに乗ってすぐに出て行かれました。他のお客さんも、既に自前の朝食を買われていたようです。
その昔、私達常連は、食事の配膳のお手伝いをしたり、皿を拭いたりしていましたが、もうそんな事はありません。最大で1日に54名だったかのお客さんを泊めていたのは、もう昔話になっています。
初めて会う人達と、温泉に一緒に行ったり、山菜採りに行ったり、バーベキューに行ったり、酒盛りをしていた時代が懐かしいです。
さて、その後、最近いつも行っている○○川に行きました。ここは、コゴミが沢山採れるのです。最初、道の上から見た「コゴミ」は、葉が結構開いていて「今年はダメか?」って思っていましたが、実に沢山のコゴミが採れました。時間に余裕があれば、もっと採れたでしょう。
これは、ちょっと開いた「コゴミ」です。ですが、良い感じのものが、レジ袋パンパンに採れました。こいつは、佐久市の民宿「三輪舎」にもって行くことにしました。
以前の「こっつぁんち」では、奥様のうまちゃんが料理を作って出してくれていましたので、採ってきた「タラの芽」や「コゴミ」が、夕食や朝食に出ていました。勿論、他に泊まっているお客さんにも提供することになります。ですが、現在は、そんな状況ではなくなりましたから「三輪舎」に持って行くことにしたのです。
その後、またも、清里の「ふきのとう」に行ってきました。今回は、ポテトコロッケとアイスコーヒーを食しました。そして、いつも見ている「ゴン」という漫画を見ました。この漫画はセリフが一切ないのですが、まるで言葉が聞こえてくるような描写が素晴らしいです。ゴンは小さな恐竜で、ムチャンコ強いのです。他の野生動物とのやり取りが、すんごく面白いですよ。
その後、野辺山スキー場があった場所の駐車場にオマサ氏の車に乗せてもらって行きました。シャトルバスを待つのも何だと思って、そこそこの距離を歩いて、野辺山45m電波望遠鏡の所に行ってきました。
現在「こっつぁんち」は、宿より「カナディアンロッキー」がメインになっていますので、昼飯時などは、おん出されるのです。そこで、野辺山駅前の駐車場に車を停めて、今回はオマサ氏の車で移動していました。
うへぇー、人が多いな。1985年から、45m電波望遠鏡の場所には、数え切れない程来ているのですが、昨年と今年のお客さんの数は異常なほど多いのです。
しばらく歩いていると、N所長さんがコナンの格好をして説明しながら歩いているのを見つけました。丁度、お客さんが離れたところにおられたタイミングで、迷惑とは思いましたが話しかけました。
「こんにちわ。覚えていないかも知れませんが、以前、こっつぁんと、一緒にタラの芽採りに行った者です。それにしても人が多いですね。ところで、電場望遠鏡のパネルの塗装が剥がれているように見えます。今年になってから、パネルを張り替えたとか?」
「いやー、何年も前からこの状態ですよ。」
えー?昨年見た時は気がつかなかったんですけどなぁ。実は、昨年は裏側から見ていたので気がつかなかっただけでした。アホぢゃ。
オマサ氏と歩きました。
結構なお客さんがおられました。(この写真では、それほど沢山人が写っていませんが。)
拡大してみました。ねっ、塗装が剥がれているでしょう。この電波望遠鏡だけでなく、多くの電波望遠鏡の塗装が剥げていました。
これは、主砲の45m電波望遠鏡です。この写真も裏側から撮っていますので、パネルの塗装が剥げているところは写っていません。
実は「名探偵コナン隻眼の残像」では、この気動車?に犯人が乗って猛スピードで逃げるシーンがあります。ですが、こいつは、電波望遠鏡をレールに沿って移動させるために使われるもので、最速で8km/hでしか動きません。しかも、私は、電波望遠鏡を移動させるところを見たことがありません。特別な時にしか移動させないようです。)
また、映画では、レーザー光線を発射して、それを空に飛び上がってコナン君がそれを反射して犯人をやっつけると言うストーリーになっています。
ですが、レーザー光線は、ハワイなどの大型の望遠鏡では、大気の揺らぎを計ってそれを補償して星像の解像度を高めるためにあるもので、対象物を破壊させるような代物ではありません。しかも、この天文台にはレーザー光線を発射するの施設はありません。おい、おい。
それを所長さんに言うと「まあ、映画ですから、派手にやってもらった方が・・・」と。
午後4時頃に、こっつぁんちに戻りました。オマサ氏は「ヤツレン」でお土産を買ってからの到着です。
ところで、東京からワンボックスで、カナディアンロッキーに来られた家族ですが、営業を知らせる旗を立てるコンクリートブロックに乗り上げて、車の一部を凹ませていました。ご主人は、ため息をついて、大いに凹んでいました。ですよね。保険を使って修理するそうですが、結構な修理代になるでしょうね。
夕食は、またもカナディアンロッキーにてとりました。私は、キノコカレーとジェラートにしました。もう、カレーばっかし。オマサ氏は食べること、食べること。道理でいつも元気な訳ですよ。
夜は、少し酒盛りをしましたが、疲れていてあまり飲めませんでした。
2024年5月4日(月)
昨晩寝たのは、12時前だったと思います。眠剤のサイレースとベルソラムを飲みました。朝方、ストレスの溜まる悪夢を見ますがが、完全起床は午前7時頃。まあ、許せる範囲の睡眠が出来たと思います。
ちなみに「こっつぁんち」のネコちゃんは、超びびりの黒猫ですが、名前は「しらたま」。何でぇーか♪
皆様に挨拶して、オマサ氏が案内してくれた、道の駅佐久穂に行きました。その後が、「みはらの湯」と言う、冬場はスキー場になっていると思われる施設に行きました。第5駐車場に停めて無料のシャトルバスに乗って上に行きます。二段の急な長いエスカレーターで上に行き「そばとしらす丼のセット」を食しました。結構、贅沢な昼食です。
「みはらの湯」、「北パラダ」あるいは「平尾山公園」と言う場所に行くには、下の駐車場に車を停めて、無料のシャトルバスで上の駐車場に行きます。しかし、なんでこんなにも違う名前が付いているのか?
そして、二段になっているエスカレーターに乗って一番上に行きます。冬は、ファミリー向けの緩斜面のスキー場になる様です。
スライダーが出来るようになっていました。結構なスピードでガキンチョが滑り落ちてきました。スライダーの真ん中にニョキッと伸びている棒を引くとそれがブレーキになって止まります。それにしても、透明度の良い快晴でしたね。
フィールドアスレチック施設もありました。ですが、クマさんの目撃例が報告されていました。ちょっと、ここ最近の熊の出没例は異常ですよね。
13時半頃には、既に三輪舎に着いてしまいました。ちょっと迷惑だったかも。早速、奥様のゆかちゃんにコゴミを渡しました。オマサ氏は、自分で採った分は自宅で食すとのことでした。
本日は、何度か会っているIさん、Aさん、夫婦でレンタカー来られたTさん、BTR(自転車のトライアル競技)の38歳のお兄ちゃん。今回も、大会で3位になったと言われていました。ですが、モト・トライアルにはあまり興味がないのだそうです。
Tさんは、銀行に勤務しており、啓発活動として、マンション管理士の試験勉強中です。昨年は、4点足らずに落ちたので必死で勉強されていました。身長187cmと長身です。ものすごく、丁寧な方でしたね。それに、Tさんは三輪舎が開業してからの一番目のお客さんなのだそうです。そうなのぉー?まだ「とほ宿」の本にも載っていないのに、何かで調べて来たと言われていました。本日の宿泊者は、上記の方以外に、午後4時半過ぎに来たスタックで全員でした。
それにしても、昨年と同じ顔ぶれですね。Iさんは、最初にあった時は、カブに乗ってこらていました。1600ccハーレーも持っているが、倒れた時に起こすのが難儀になったとかで、処分しようかと?Aさんは、昨年購入されたレブル250に乗ってやってこられていた。昨年は、買ったばかりだったのに、リアダンパーからオイル漏れがあって大変でしたね。ま、漏れ方は少しだったので無事に帰れたとのことでしたが。
Aさんのレブル250です。昨年のオイル漏れは、当然無償で修理済でした。
コゴミは、夕食に、茹でたものが沢山出て、マヨと醤油マヨで食べました。個人的には「醤油マヨ」が一番好きでした。
また、夜食には、私が「こっつぁんち」で出会った時に勝手に名付けた「親方」が送ってくれた「タケノコ」も料理に出て来ました。
夜は、アルコールを飲むが、あまり進まず。既に疲れていたんでしょうね。
12時前に寝ましたが、12時過ぎに起きてしまいました。スタックは咳が止まらないのですが、実は、起きてはいないとのことでした。私は、サイレースと、ベルソラム、トアラセットを飲んだせいもあってか、ずっと長い、ストレスのかかる夢を見ており、何度も目が覚めた。もう、いやーん。
余談ですが、昨今の熊の出没の多さの話をしていると、ゆかちゃんが「SNSで発信しているので、やたら多く感じるけど、昔からクマはいたよ。」とのこと。えー?そうかな?絶対、異常な出没だと思うんだけどな。
2024年5月5日(火)
午前6時半に目が覚めました。天気は、快晴になっていました。
とにかく、殆ど眠れませんでした。スタックによれば「何かうなされていたよ。」と。ああ、あの薬の副作用だなぁ。でも、少しは寝ていたということですね。
Iさん、Aさん、BTRの方は帰宅されていきました。。Iさんは洗濯物が溜まっているから帰らんと行けないとと何度も言われていました。何やねん、その理由は。そして、オマサ氏も帰途に着かれていきました。オマサ氏、忙しい中、都合を合わせてくれてありがとう。
Tご夫婦は、バルーンフェスタを見てから、直食前に戻ってこられました。
Tさんは背が体ので、三輪舎の大量の漫画の中から、高いところにある「JIN-仁-」をとって頂きました。私も背が欲しい。足だけね。
これは、三輪舎の窓越しに撮ったバルーンフェスティバルのバルーンです。昨日の午後も飛ばす予定でしたが、風が強くて中止になっていました。
その後、スタックが最近購入したばかりの「HONDA FREED クロススターe:HEVのAWD」で、龍岡城の五稜郭に行きました。実は、私は寝不足が半端ないので、スタックに「今日は私が運転するのは危険だ。」と言っていたのです。スタック、ごめんね。
スタックは、これまで「フィットシャトル」に12年乗っていましたが、あちこちがおかしくなってきて、ついにこの車を購入。スタックの運転からすると、あれー?何故この車にしたの?と思いましたね。まあ、燃費は良いし、ミニバンよりは扱いやすい大きさですし、荷物も積めますから便利な車です。アクセルを踏み込むと、結構エンジン音がしていました。ガソリンエンジンは1.500ccですから、さもありなんです。
5月5日朝の駐車場の状態です。今回は車ばっかりでしたね。
五稜郭のお堀です。本家の五稜郭よりはかなり小さいのですが、写真では全体の姿は分かりませんね。
てなことで、模型が展示されています。全体像は、こんな感じです。
あ、こっちの模型の方がリアルですね。
龍岡五稜郭の中には、小学校がありますが、2年前だったと思いますが、廃校になっています。少子高齢化が進んでいますから仕方がありません。
五稜郭からは、臼田の64m電波望遠鏡と美笹の54m電波望遠鏡が見えていました。臼田の方は、昔、タチゲとオートバイで行ったことがありますが、新しくできた美笹の方は行ったことがありませんでした。
その後も、続けてスタックの車に乗っけてもらって、清里のふきのとうへ。午前11時半過ぎに到着しました。二人ともジャガがカレーとアイスコーヒー、計1700円を食しました。レトルトカレーは、レトルトのパッケージを作るところがやめるので、在庫限りだそうです。お客さんは、その後増えて満席に。ワンちゃん連れの家族二組は、外のテラス席に陣取られました。息子の大ちゃんは本日もお手伝いに大急がし。
それから、野辺山のクマ工房に行きました。ここは、標高が野辺山より高いんですよ。
アプリで見た、クマ工房のある場所の標高です。冬は死ぬほど寒いんだろうなぁ。
クマ工房に着いた時、ワンボックスの車が停まっていたので、お客さんがいるのだと思っていました。また、私は金がなく買える物がないので、そこら中を散歩しておりました。と、スタックとクマさんが出て来ていたので、よくやく戻りました。
その停まっていた車だですが、クマさんの息子さんが家族連れで、戻って来られていたのでした。
ちなみに「スタック」のニックネームの由来である、スタックした場所は、クマ工房の直ぐ近くだったことを知りました。ああ、あそこで、スタックしたのね。
近くに、キャンプ場が出来ていましたが、クマさんの話だと、何でも、穴を掘って古タイヤやペットボトルを埋めたとのこと。クマさんは環境破壊だと憤慨されていました。
リラさんは、髪を短くされていましたね。とっても可愛い感じになっていました。朝は、氷点下まで下がっていたのですが、暖かくなったので、前回と同じ「頭から芽が出て花が咲いちゃう。」と言われていた。相変わらずリラさんは、動きも言うこともほっこりして面白い。
その後、帰りににR141を初心者マークの車が、どえらい鈍足で走っていて大渋滞。「ナナーズ」で、おつまみと、ビールを買っておきました。
午後4時過ぎ?に三輪舎に戻ってきました。宿泊者は我々の他に、谷川岳かどこかで、いつも会合をしているが、そのオフ会で、ここ三輪舎を利用している細身の男性がおられましたね。
これが、今夜の晩飯です。「親方」が送ってくれたタケノコがまた出て来ました。何でもあく抜きは米ぬかで出来るそうです。あー、おいちかった。
2024年5月6日(水)
この日の宿泊者は、スタックと私の二人とのことでした。
「どこ行こうか?」「いやー、僕は佐久市辺りは全く何も知らないんで。」そんな会話がしばし続きました。
結局、五稜郭からも見えていた美笹の54m電波望遠鏡を見に行くことになりました。
美笹の電波望遠鏡は、まだ新しいので綺麗でしたね。但し、野辺山の45m電波望遠鏡とは異なり、望遠鏡以外には、お店などの施設はありません。
その後、昼飯のラーメン屋を延々と探しておりました。結構休みのお店もありましたが、何とか、豚骨ラーメンのお店で少し遅い昼飯にありつけました。
結局、この日は、午後2時過ぎに三輪舎に戻ったんじゃないですかねぇ。
何か、とにかく疲れていましたね。左足も痛くて早く歩けませんでしたし。
この日の晩飯は、実に豪華でしたね。山賊焼き、皿うどん、タケノコ料理等々。量が半端なかったので、スタックはかなり残しておりました。私は、性格上出されたものは全部食べないといけないと思って、食べましたが、腹がパンパンで苦しいったらありゃしない。
朝と晩の2食が付いて1泊7.000円ですからね。やっすいー。社長ー!
5月7日(木)
睡眠は充分とは言えませんでしたが、昨晩よりは寝ることが出来ました。
午前7時半過ぎに朝食を頂きました。
宿主のバケは、結構な病気をしていたのに、一生懸命仕事に励んでいます。足を触らせて頂きましたが、こっつぁんの足よりパンパンに腫れていました。「いや、体調は良いですよ。ただ、体力が戻っていないだけですけどね。」って言っておられました。もしかしたら、私以上に睡眠障害を抱えておらる様でした。文句ばっかり言っている私とは大違いです。
確か、午前9時20分頃に三輪舎を後にしました。バケとゆかちゃんが教えてくれた通りの道を走って岡谷ICに入りました。実にスムースに着くことが出来ました。
途中、養老SAでカツカレーを食しました。本当は、他のメニューを食べたかったのですが、外国人のパーティが券売機の前で四苦八苦しておれれたので、空いている別の券売機でカツカレーを食べた次第です。その海外の方は、スペイン語とおぼしき言語で話しておられた様な・・・
山陰自動車道に入って、ハイエースが何を逆ギレしたのか、車間距離ビタッと詰めて後方を走っていたのは実に腹が立ちました。
結局、午後7時少し前に帰宅することが出来ました。
燃費は、17.6km/Lを予想していましたが、17.5km/Lでした。到着寸前までは17.6kmLを示していたんですがねぇ・・・
うーむ、予想より0.1km/L違いか。まあ、この推測能力は、天才の域に達していますね。帰宅すると、殆どの荷物を部屋に回収しました。そして洗濯も。
本当にいろいろな人にお世話になった旅でした。野辺山でも佐久市でも、私は車を運転せずに、オマサ氏とスタックの車に乗せてもらいました。ガソリン代も払っていませんし。(払うと言ったけど、良いよって言ってくれたのですよ。)
帰る最終に、喉が痛くなりました。これはやばい。これは完全に風邪だぞぉ。三輪舎で泊まっていた、二日目はとても暑かったので、布団を吹っ飛ばして寝ていたのかもしれません。
その後、風邪はひどくなってしまいました。やれ、やれ。ジジイになると風邪はなかなか治らないんだよ。
最初にも書きましたが、もう金がないのと、この体調ですからね。長野県の旅は、今回が最後になるかも知れません。長い間、楽しい思い出を本当にありがとう。
それから、ここで会った人達の中には、結構な人数の方達が、私より遙かにやばい病気を持っておられていましたが、とても元気そうでした。私は「調子が悪い、調子が悪い。」と言ってばかりで、恥ずかしいと思いました。
あ、そうそう、スタックからは、イモ焼酎と、自分にはサイズが合わないとのことで、パンツを頂きました。ありがたやー。