初めは、家でダラダラしていても仕方がないので、7月22日辺りから出発しようかと思っていたのですが、それでは、月が明るすぎます。かくして、月明かりがいくらかでも少なくなる7月24日に出発しました。しかし、これでも、月がまだ明るいのと、まずは、長野県野辺山の民宿より、上高地にいくらかは近そうな、長野県佐久市の民宿「三輪舎」に泊まって、身体を休めたり、まだ完結していないパッキングをしっかりすることにしました。
2024年7月24日(水)
朝、4時に目覚ましで起きました。身体が動かないこともあり、出発は午前6時36分頃となりました。ザックのパッキングは結局諦めたました。不要かも知れないものも、一杯詰めて、尚且つ、カリマーの空のザックと、超いい加減なパッキングをしたモンベルの80Lのザックも詰め込みました。更に、あまり必要で無いと思われる物も、鞄に数個に入れての出発です。
何と鳥取ICと鳥取南ICの間が工事で通行止め。ちょっと焦りましたが、それ程の時間のロスは無かったようです。
その後は、片側が工事中のところが沢山ありましたが、渋滞と言う程のことはありません。
9時12分、揖保川PAで、ようやく1回目の休憩を取りました。アホ衛門は、背中の痛み等で、常に睡眠不足ですが、運転していて、眠たくなることはほぼありませんでした。しかし、今日は、あり得ない程の睡魔が襲ってきたのです。ここで休憩をとらなければ、危険だったかも知れません。缶コーヒーなどを飲みました。また、私は、割とトイレが近いのですが、今日は、全くそれはありませんでした。でも、念の為、小用も足しておきました。
京都辺りで、結構な渋滞が発生しました。この辺りは、いつもかなりの渋滞が発生するところです。こんな時、アホ衛門のレヴォーグは、アイサイトXが役に立ちました。前の車が止まれば、勝手に止まり、動き出すと、勝手に動き出してくれます。これは、超便利。しかし、あまり、この手の装置には信用を置いていないので、常に、いつでもブレーキが踏めるようにしていました。それじゃ、意味ないぢゃーん!!
12時22分、養老SAで休憩をとりました。そこそこ混雑していたので、昼飯をどうするか、悩みましたがた。しかし、フードコートの様なところで空席が少しあったので「天ぷらきしめん」900円也を食しました。ここは、ものすごく回転率が高いので、ササッと食事が出て来ました。
これが、天ぷらきしめんです。そこそこ旨かったです。
12時50分、養老SAを出ました。
そして、長野自動車道に入る前にそこそこの雨が降ってきました。ナビ通りに走っていますが、更植ICを降りて、上田訪問に降りて下さいと指示します。そこで、降りると、今度は、再度高速に上がれと指示が出ました。これは、おかしいと、下道を走ることにしました。すると、車はノロノロ運転なので、かなり時間がかかるようにナビが表示しています。なるほど、時速45kmくらいで車が走っているし、信号も多いです。ここで、三輪舎に電話を入れました。午後6時半頃になるかもしれないと。(当初は5時30分予定。)先日メールで宿泊の依頼を再度を送っておりましたが、返事がないので心配していましたが、予約はちゃんと入っていました。途中で、ナビ画面に、高速道路のICが見つかりました。「これは、高速に入れるのではないかな。」と、今度は、スマフォのYahoo!ナビで検索。その後に、車のナビもセットし直しました。記憶が少し曖昧ですが、上田菅平ICから佐久ICまで、上信越自動車道を走ることが出来、結局午後6時前に到着しました。あー、良かったわ。でも、到着までに、約11時間半かかっておりました。遠いわー。疲れたわー。その走行距離は736kmでした。
長距離を走ったこともあるのでしょうが、年をとってケツの筋肉が落ちたのかも知れません。ケツが痛くて痛くてたまりませんでした。宿主のバケに「あー、ケツがいてぇー。俺のケツ割れていません?」と聞きます。「ケツは初めから割れているもんです。」とあしらわれました。とほほ。
走行距離736kmでした。しかし、レヴォーグにして燃費が17.2km/Lと、かなり良い数値を出してくれました。褒めてつかわすぞ。
これは、7月25日に撮った「三輪舎」です。初めて行くには、ちょっと分かりにくいかも。でも、いろんな人が訪れるんですよ。この間は、オランダから2人泊まられたとのこと。何でも、彼らはGoogleで調べてやって来たのだそうです。
この日は、Hさんという、私より10歳位年上のおじいちゃまと二人の宿泊です。
「三輪舎」には、アホほど漫画本があるので、これを読んでおりました。
時間が遅くなってから、Hさんが、これから、どうしても風呂に入りたいとしつこく言い出されました。。宿主のバケは何とか阻止しようと、ちょっと険悪な状態に。結局、奥様のYちゃんが風呂を用意してくれて事なきを得ました。Hさんは、これまでも、何度か「三輪舎」に泊まっているお客さんでした。
尚、明日の宿泊者は、私一人です。何か、寂しい。何でも、7月下旬から8月上旬は、宿は、いつの宿泊者がとーっても少ないのだそうです。えー?この時期って、お客さんが、結構多いと思っていたんですけどね。
ちなみに、夕方になってからは、網戸にしていると、寒いくらいでした。
私の泊まらせて頂いた部屋は、こんな感じです。結構、お洒落ですよね。
これも7月25日に撮ったものです。今年5月に、オマサ氏と一緒に泊まった部屋です。お客さんが少ないので、ここに、ザック2つと、他の荷物を運び込ませて頂いて、パッキングをじっくりすることになります。写真では、もうパッキングが、ほぼ終わっていますが、ああでもない、こうでもない、と実に大変でした。
2024年7月25日(木)
夕べは、確か、午0時頃まで、部屋で、小さめの紙パックの「いいちこ」を飲んでいました。ありゃ?午前0時過ぎていたかも。昨日の夕食の時は、1階は、寒いくらいだったのですが、自分の部屋に戻ると、風通しが悪いのか、暑かったので、荷物置き場にしている部屋から扇風機を借りて寝ていました。しかし、起きた時には、布団をかぶっておらず、しかも寒いくらいでした。
んで、起きたのが、午前5時頃でした。寝不足ですが、二度寝はやろうとしても出来ません。
Hさんと朝食をとりました。Hさんは、和歌山出身で、軽自動車に乗って出て行かれました。帰宅?それとも、どこかへ寄られるのかな?
その後、宿主の奥様のYちゃんはパートのお仕事に。実は、この日の宿泊者は私一人でした。
午前中に、パッキングのし直しをしました。食料を減らし、防寒着も、モンベルのものをやめて、上下のヒートテックに、長袖を着て、その上から、ゴアテックスのカッパを着ることにしました。相変わらず、デイパックをスーペースシャトルのように取り付けないと、入りません。ノースフェイスのザックの時には、割と良い位置に固定が出来ましたが、今回は四苦八苦しています。再度、パッキングのし直しをしてみます。
バケから、安いガソリンスタンドや食事処を聞いたのですが、スマフォで探しても、近くはないようでした。仕方なく、割と近くのガソリンスタンドで、1Lに付き182円を払って満タンにします。
昨日、バケから、以前、大先輩の方にミザールの望遠鏡を貰ったとのことで、見せて貰いました。かなりの年代物で、微動装置もありませんし、ドロチューブは、手で引き出すタイプです。ファインダーの十字線も、少し曲がっていました。また、視野もゴミだらけです。どうやら、接眼レンズにゴミが付着しまくっています。また、三脚の蝶ナットが紛失しているので、二段式の三脚が固定が出来ません。
ガソリンスタンドの近くに、ショッピングモールのような場所があり、そこで、蝶ナットを購入しました。
ガソリンスタンドから、割と近くにショッピングモールがありました。ここにある、ホームセンターの「ビバホーム」と言うところで、蝶ナットも買いました。
食事は、検索してみると、13時で終了のところも多く、これまたネットで検索し直してみました。すると、このショッピングモールのすぐ近くに「バーミヤン」があったので、そこで済ませました。しかし、暑いです。しかも、入道雲がモクモクと。
帰宅後、望遠鏡をセットし直してみました。何かピントが出ません。パッと見た目、対物レンズは、錫箔の分離式アクロマートで、やや焼けている様には見えましたが、これほど見えないのは変だと。その後、外は、雷のゴロゴロと言う音が。
何でも、北陸や東北では警報級の大雨予報がでています。他にも、日本海側で大雨が降るようです。そこで、昨日から、バケには言っていましたが、明日も、泊まることにしました。
尚、午前中に、パッキングのし直しをしました。食料を減らし、防寒着も、モンベルのものをやめて、上下のヒートテックに、長袖を着て、その上から、ゴアテックスのカッパを着ることにしました。相変わらず、デイパックをスーペースシャトルのように取り付けないと、入りません。ノースフェイスのザックの時には、割と良い位置に固定が出来ましたが、今回は四苦八苦しています。再度、パッキングのし直しをしてみます。
帰宅後、望遠鏡をセットし直してみました。何かピントが出ません。パッと見た目、対物レンズは、錫箔の分離式アクロマートで、やや焼けている様には見えましたが、これほど見えないのは変だと。
2024年7月26日(金)
夕べ寝たのは、12時少し過ぎてからか?「いいちこ」の水割りを飲みながら「JIN」なる漫画を見てから寝ました。
目覚ましは、6時30分にセットしておいたが、6時に目が覚めてしまいました。
朝食は、午前7時半だったのだが、私が少し早めに1階に降りてきたので、少し早い時間にから食べさせて貰いました。奥様のYちゃんはパートに出かけられました。何でも、7/27から横浜に出張するのだそうだです。また、7月29日には、スタックが三輪舎に来るとか。
最終的な登山ザックのパッキングを行いました。今の、体力、体調では、モンベルの不安定な80Lのザックをかついでの登山は、途中リタイアになる可能性が高いのですよ。そこで「カリマーCougarApex 70+」に何とか、贅肉を切り落とすだけ切り落として、入れてみることにしました。
しかし、ミレーの小さいデイパックをスペースシャトル風に、くっつけないとダメなのだが、それでも、収まることが出来なかったです。
そこで、最終手段に打って出た。デジイチは、Nikon D850のみにすることにした。EOS 6D HKIR改カメラは、置いていくことにしました。また、4Kのビデオカメラも置いていくことにしました。これで、何とか、耐えられそうな重さになりました。服も最小限にした。モンベルの冒険気の上下は、どうしてもかさばってしまうので、夜寒い時には、厚めのヒートテック、長袖、薄い羽毛の服を、更に、その上から、ゴアテックスのカッパを着れば何とかなると考えたのです。
それでも、デイパックが付いているので、変な格好のザックになっている。そのため、「カリマーCougarApex 70+」のザックカバーは、モンベルのザック用に買った90Lまで対応するものを付けることにました。
ザックを手でかついでみると「うーむ、これは25kgか、それより若干軽い感じだな。」と。帰宅後、測定してみますと、ニャンと24.7kgでした。俺って天才か?まあ、実際の登山の際には、水筒に1kg近い水が追加されますが。
午後3時過ぎ頃だったでしょうか?黒い、嫌な雲が出て来ました。バケは、あれは東からの雲だから、大丈夫ですよと言います。否、あれは、西からの雲だよ。きっとヤバいよと私。
何でも、北陸や東北では警報級の大雨予報がでています。他にも、日本海側で大雨が降るようです。そこで、昨日から、バケには言っていましたが、明日も、泊まることに決定しました。
バケの愛車と黒い雲。これって、ヤバい雲だよね。
これは、16時8分の写真です。雷がゴロゴロ、稲光も。そして、かなりの土砂降りです。そんな中でも、バケは玄関先で、ヤニを吸っていました。何か、背中が寂しい。雨にも負けず・・・負けとるがな。
そんな土砂降りの中、神戸からオートバイに乗ったお客さんがやって来ました。(前日は、違う場所で宿泊)もうちょっと早かったらセーフだったらしいのですが・・・途中は、前も見えない位の土砂降りで、車も走るのがヤバいと思って停まっていたとのことです。しかも、台風並みの暴風だったのことです。
これは、翌日、Tさんのオートバイです。私は、オートバイを降りてから随分年数が経つので、機種は分かりませんでしたが、後で聞くと「YAMAHA XSR900」と言うオートバイの様です。タイヤは、カットスリックの様な溝しかありません。意外にも雨の日でもグリップはするのだそうでした。
ずぶ濡れのオートバイのTさんは、バケに「どうしたら良いですかね。」と聞きます。「とりあえず濡れた物を脱いで。」と言って、2階にあった組み立て式の物干しを持ってきました。
上は、ジャケットの様なものを脱がれましたが、Gパンは、ビチャ濡れです。と、彼は、下はトランクスタイプのパンツ1丁に姿で部屋に入ってこられました。ちょっと驚きましたが、笑いも起こります。彼は結局そのGパンを外で干すことにしました。「いんやー、まだ雨が降ると思いますよ。」と言いましたが、どっちみち乾かないので、明日、コインランドリー行くかもしれないと言われておりました。
Tさんは白髪でしたが、結構若く見えました。そこで、お年を聞き、ビックリしました。何と62歳。もっと、若く見えるけどなぁ。ところで、バケは58歳。私は66歳。みんなジジイやんけ。
バケの奥様が仕事から帰ってこられました。すると、バケが「実は、こう見えても、うちの嫁は、俺より6つ上なんです。」と。するとすかさず、奥様が「3つ、3つだよ。何言ってんだよ。」みたいな突っ込みが入ります。その後も、このご夫婦は「何か、こいつ、むつくぅー!!」お互いに言っていました。「M-1出なよ。夫婦漫才でいけるよ。」と私。
オートバイの彼は、結構な持病をお持ちでしたが、見た感じは全くそんな風には見えず、とても元気そうです。バケも含めて、オートバイ談義に花が咲きます。「ケビン・シュワンツは、転倒リタイヤか、優勝のどっちかだよね。」と口を揃えて言います。「ああ、ランディ・マモラは、外足加重無視の走り方だったよね。」これも、みんな知っていました。
「ああ、そうそう、オートバイ誌によくテストライダーとして記事書いていた人がいたでしょう。身長が高くて、ちょい悪オヤジみたいな人が・・・」これは、誰も分かりません。その夜、ふと、そのライダーの名前が「ウィリー松浦氏」だと思い出しましたが、他の2人は知りませんでした。
夕ご飯には、結構大きな肉の塊も出ました。「最近、そこいら辺にいた野良猫が鳴かないな。」と、冗談を言います。ちゃんとした豚肉でした。これだけ、ボリューミーな夕食と、朝食が付いて1泊につき7.000円はリーズナブルだよね。
ところで、バケが机を叩きながら笑う姿が、野辺山の民宿「こっつぁんち」の宿主である「こっつぁん」にソックリでした。「まるで、こっつぁんがいるみたいだ。こっつぁんの生き霊が取り憑いているよ。」と私。また、バケがこっつぁんの真似をしてしゃべると、これまたそっくり。「こっつぁんとは40年との付き合いですからね。」と、バケ。
ちなみに「バケ」と言うのは、宿主の本名からとったニックネームで、「オバケ」と言うこともあります。てなことで、あの宿には「オバケが出る。」って言う話になっています。おほほ。
2024年7月27日(土)
バケが、朝食、ちょっと遅くなって良いですかって聞いてこられました。全然大丈夫ですよと。結局、わずか数分遅れでした。
バケの顔が、異常に疲れています。お客さんの数は多くはないのですが、9日連続で宿泊者がいるんので、さすがに疲れていますと。てなことで「今日は安息日にしておいてね。」と言葉を返します。
神戸のオートバイ野郎?は、どうやら、朝食後には、コインランドリーに寄ってから帰られたそうです。
私も、3泊した後、まずは徳沢を目指して出かかることにしました。
さて、その徳沢での話は、別途書きますね。
2024年7月28日(日)
登山を諦めて、下山?することにしました。(山には登っていないので、下山とは言えないか?)午前2時にとりあえず、長野県野辺山の民宿「こっつぁんち」に本日泊まれるかメールを送っておきました。
その後、電話が通じたので「こっつぁんち」の奥様のうまちゃんと、こっつぁんに、電話を入れて、宿泊OKとなりました。しかし、宿泊者は私一人なんだそうです。
徳沢では、激痛もあって、1時間半か2時間以内位、ウツラウツラとしただけで、眠ることが出来ませんでした。そして、あり得ない程の苦痛にあえぎながら、徳沢を脱出して、上高地からはバスで沢渡バスターミナルに着きました。
レヴォーグを走らせていると「岡谷西IC」に入れと指示しています。「あれぇ?岡谷ICだろう。」無視しました。と、国道20号線をひたすら走ります。そこそこの流れの悪さです。後ろには、このクソ暑いのに、重装備の服を着たオフロードバイクが着いてきています。この人、死ぬんじゃないかな。
途中、よくやく道の駅を見つけて入りますが、露天のレストラン?しかなく、しかも大渋滞でしたので、昼飯は諦めます。
その後、諏訪西ICから小淵沢IC間だけ高速道路を通りました。ワンパターンで、小淵沢ICの近くのローソンに入り、パンとおにぎりを買い、少し遅い昼飯を食べました。また、ちいさな紙パックの「いいちこ」と、つまみも買っておきました。
この場所から、少なくても午後3時半前には、着きますよと、こっつぁんに電話をしておきました。
結局、午後3時過ぎ頃に着きました。
勝手に「ベガ」の部屋に荷物を入れます。そこから、うまちゃんを呼び出して、先に支払いを済ませておきます。夕食は、息子の岳ちゃんが営業している「カナディアンロッキー」でとるので、朝食付きで5.800円でした。
「先にシャワーを浴びさせてもらって良いですか?」と聞いてから、シャワーを浴びます。あり得ない程汗をかいておりました。それでも、上高地の「小梨平キャンプ場」のトイレで、濡れタオルで身体を拭いた後、除菌シートで身体を拭いていましたが、とても気持ち悪かったのです。
確か、その後「いいちこ」を少し飲んだのかと思います。と、こっつぁんが「これから車でどっか行こうか?と冗談を言います。「もう、酒飲んじまったよ。」
この日は、1.300mを越える野辺山でも、かなり暑かったですね。せめて扇風機が欲しいと思いました。本当は、少し昼寝?をしたかったのですが、シャワーを浴びた髪の毛が乾かないので、諦めました。
晩飯は、息子の岳ちゃんがやっている「カナディアンロッキー」で、キノコのパスタと、サラダを食しました。17時半前に行ったのですが、ちょっと遅かったら、家族の方が来られていましたので、結構待つことになりました。良かったわー。
これが「こっつぁんち」に隣接している「カナディアンロッキー」です。カナディアンバックブリーカートはちゃいます。
部屋に戻ってから、しばらくすると「こっつぁん」がやって来ました。おい、おい、またオイラの「いいちこ」のタダ飲みに来たなぁ。まあ、この宿は、人の酒は自分の物という不文律ががありますから良いのでよ。
その時に、昔は、フォークコンサートや、タラの芽パーティや、もろこしパーティもやっていたし「こっつぁんちTシャツ」なんかも作っていましたよねと、私。「あの頃は、何をやってもうける時代だったんだよ。」と、こっつぁん。
そう言えば「こっつぁんち」には、1日で50名を超える宿泊者がいたこともあったそうです。私も、通常の部屋が空いて亡くて、娘さんが使っていた部屋に泊めてもらったこともありました。
「こっつぁん」からも「うあちゃん」からも「最近、トライアスロンのお客さんも泊めると二したんだよ。」との話を聞きました。以前は、100kmマソランのお客さんも、通常のお客さんが泊まれなくなるからと断っていたのに、変わるもんだね。
これは、岳ちゃんの「カナディアンロッキー」の営業のこともあるようです。「こっつぁん」も喜寿だからねぇ。本当は、宿の方は、やめるつもりだったよね。しかし、こんな元気は喜寿はいないんですけどね。
「食べ物屋さん」は、仕込みなど手間がかかることが多くて、意外にもうけは少ないのだそうです。それを考えると、宿の方が、まだマシだと言われていました。「うちのTちゃんも、イタリアンレストランをやめて、こっつぁんちを次いでくれると良いんだけどな。」って、本気か冗談か分からないことを言われていました。
この日、勝手に入った「ベガ」という部屋です。私が来るとだいたいこの部屋になるんで。後で「うあまちゃん」に了解してもらいました。しかし、暑かったですね。
7月下旬から8月初旬にかけて、少なくとも「とほ宿」は、かなり暇と言うのは本当ですね。こっつぁんの軽ットラと、私の車しか停まっていませんでした。夜には、カナディアンロッキーの家族連れのお客さんの車が1台加わりましたけどね。この木は「小梨」でしたっけ?「カナディアンロッキー」が出来る時、切り倒すはずでしたが、そのまま残してくれました。この木も、私にとっては思いで深いものです。
「こっつぁんち」の前の畑が、何も作物が生えていませんでした。「あ、そっか、今年は暑かったので、白菜の収穫はもう終わったんだ。」と思っていました。すると、こっつぁんが「あれは、連作障害だよ。根腐れ病か何かで、今消毒中なんだよと。」えー?そうなんだ。
2024年7月29日(月)
割と早い時間に目が覚めました。でも、背中や足が痛いのに、多分7時間位ぐっすり寝たようです。
しばらく、こっつぁんちの周りを歩きながら写真を撮りました。
カナディアンロッキーの横には、元別荘があります。カナディアンロッキーの土地を買ったら、おまけで付いてきたと、こっつぁんが言っていました。これを、現在、改装中です。昔は、スズメバチの巣が出来ていて大変でしたよね。
連作障害で、白菜が出来なかったのですが、その隣の畑にはレタスが沢山出来ていました。
何年か前から、害獣よけのネットが張れています。(鹿でしたっけ?)以前は、ここからも、45m電波望遠鏡が綺麗に見ていたんですけどね。害獣と、温暖化の影響ですね。
「こっつぁんち」から少し歩くと、道の両サイドには、草がボウボウに生えています。一時期、夏場は登山ばかりしていたので、こっつぁんちにはGWには行っていませんでした。しばらくしてから、この光景を見て実に懐かしく思ったものでした。
ここは、45m電波望遠鏡のある場所まで行ける細い野道です。(基本車はバツ)道の両側は、草ボウボウです。ここも害獣ネットが張られています。昔は、この少し先から、天体写真をよく撮ったものです。でも、今は無理ですね。
その昔、ここで、好きな女性のことを思い出しながら、一人「松山千春の唄」を歌ったものでした。
もう少し歩くと「トウモロコシ」の花が咲いていました。そう言えば、こっつぁんちでトウモロコシを食べたことは、数えるしかありません。その時期には行くことが出来ませんからね。
更に、進むと、ようやく害獣ネットがない場所に出ます。何とか、八ヶ岳と45m電波望遠鏡が一緒の視野に収まります。
今日は、45m電波望遠鏡は、ほぼ真上を向いていますね。
その後、朝食が、確か7時半からだったので「こっつぁんち」に戻りました。長い間、牛乳を飲むと、お腹がゴロゴロいっていたのですが「三輪舎」で、たっぷり飲んだ時にも、その表情が出ませんでした。なので、こっつぁんちの朝食でも牛乳を飲みました。
ちなみに、木の下に置いていた愛車には、木の葉が着いていました。そして、鳥の糞も。
朝食をとると、こっつぁんちからお別れです。初めは、長坂ICから高速に乗るつもりでしたが、元有料道路だったところを通りました。
東沢大橋展望台の駐車場に車を停めました。
「ありゃ?ここから赤い橋が見えたはずなのに、全く見えないぞぉ。」何と、地球温暖化のせいか、草がのびて見えなくなっていました。ゲロゲロ。
そこで、一段下のスペースに降りてみました。
おお、ここからなら、赤い橋が見えるな。徳沢でもそうだったのですが、この地球温暖化の影響は、かなりまずいことになっているぞぉ。
それから、ふと、1987年だったかに「観音平」で、ブラッドフィールド彗星を撮ったことを思い出しました。「よーし、寄ってみよう。」と車を走らせました。あれっ?こんなに遠かったっけ?結構走った後、時間のロスがヤバいと引き返しました。もしかしたら、もう少しだけ走れば着いていたかも知れません。
そう言えば、綺麗な景色がみえる「まきば公園」も進入禁止になっていましたよ。何故でしょうか?
小淵沢ICから高速道路に入りました。どこで、昼飯をとろうか悩みます。早すぎても、営業していないかもしれないし、昼時は混んでいるからダメだよな。
結局、加西SAまで走り続けました。
よう走りましたね。自分でも感心。なで、なで。
んで、食べたのが、これです。食べいる途中で、写真を撮るのを忘れていたことに気がつきました。にゃはははは。して、このメニューの名前は何だっけ?カツライス的な・・・
んで、帰宅したのが18時頃。走行距離は、673kmです。燃費はニャンと17.1km/Lでした。やるな、レヴォーグ。やる時はやるレヴォーグでした。
その帰宅に要した時間は、9時間43分程でした。結構かかったなぁ。
帰宅後、しばらくは、登山用に買っていたフリーズドライ食品ばかりを食っていました。はぁー、ポテチンっと。
あ、それと、電気シェイバーを「こっつぁんち」に忘れてきたのかと大騒ぎ。アホほど探しても無かったのですが、ある日突然鞄の中にあるのを見つけました。この鞄の中も10回以上探したんだけどなぁ。これは、きっと貞子はんのタタリぢゃ。多分。