2025年7月25日(金)から2025年7月26日(土) 小屋泊まりの大山登山。
体調も考えて、鳥取県の大山に小屋泊まりで登るのは、この日しかないと思っていました。前日の登山も考えていましたが、体調不良で、やめましたからね。
さて、7月25日も、決して体調が良いわけではありませんでした。しかし、この日が最後のチャンスと思っていました。それは、大山山頂で蛍の乱舞が見られるかも知れないタイムリミットだと思っていたからです。
前日から、持っていく物の精査をしていました。ザックは イギリス製の「karrimor Cougar Apex 70+(カリマー・クーガーエイペックス70プラス)」一択です。何となれば、「ザ・ノースフェイスのデイパック」は小さすぎるので、その他で、一番小さなザックがこれしかないのです。後は、超古いミレーのデイパック、逆に大きいので言えば、モンベルの80Lのアタックザックしかありません。
カメラは「Nikon D850」と「サイオニクス・オーロラ・プロ」だけにしました。欲張れば、EOS 6D HKIRなる天体用に改造したデジイチとか、Insta360x4なる360度カメラ、4Kのビデオカメラも持って行きたいところですが、現在の私の体力、足の状態では無理だと判断しました。
更に、天体写真をガイド撮影するための、ポタ赤ももって行かないことにしました。
更に、水の問題です。この、猛暑の時期に登るには、水不足は命に関わります。山頂ステージには、売店もありますが、営業時間は9時から14時です。ならば、必要最低限の水分を持って行かないといけません。
結局、真ん中の青い金属製の水筒は、やめて、左側の合成樹脂のモンベルの水筒には、アクエリアスを凍らせたものを入れました。また、右側の好日山荘で買った水筒は、熱を遮断してくれますので、凍る寸前のアクエリアスを入れました。
真ん中の水筒は、凍る寸前の飲み物を入れても、直ぐに生ぬるくなるんですよ。
本当なら、もっと飲み物が欲しいところでしたが、私の体力を考えて、これだけにしました。食べ物も、コンロを持っていきませんでしたので「カロリーメイト」1個、「SOYJOY」を3個だけにしました。
「karrimor Cougar Apex 70+(カリマー・クーガーエイペックス70プラス)」は、文字通り、70Lに加えて、それに加えてちょっと多めの容量があります。しかし、これまで、もっと大きなザックをかついで、蝶ヶ岳などに登っていましたので「げっ、意外にに物が入らないな。」と言う印象でした。
事前に、カメラを首からさげ、水筒に飲み物を入れた状態で、ザックの重さを計っておきました。16.1kgでした。片手で簡単に持ち上げて、簡単に担げる重さです。しかし、昨今のクソ悪い体調です。これでも、ちと心配です。
初めて、北アルプスの蝶ヶ岳に行った時は、36kg越えの形の崩れたキスリングをかついていました。これは、持ち上げるだけでも重労働でした。いったん、曲げた膝の上に乗せてから、必死にかつがないとダメでした。下手に、キスリングのショルダーハーネスを、腕で抱えて上げようものなら、腕が内出血していましたからね。
夏休みになっている学校もあるのですが、本日は、金曜日の平日です。心配していた「博労座第一駐車場」も、かなり空いていました。
そこに、車を停めて、まずは、大山ナショナルパークセンターに行き、タオルを一端水で濡らしてから、絞ります。更に、ここで、登山届けを書いて、それを持って、モンベルに設置してある登山届け箱に提出です。
登山開始時刻は、約11時28分になりました。一番暑い時間帯の登山になります。しかし、今回の登山の一番の目的は、山頂で蛍の乱舞を見ることでしたので、この時間帯の登山開始で充分なのです。
登り始めてすぐに、やはりデイパックの時より、かなりしんどさを感じてきました。まあ、当たり前ですね。左膝の痛みは、いったん和らいだのですが、また、少し痛くなってきました。うー、大丈夫か?
1合目に着きました。正確な時間は、記録していませんが、約15分程かかっていました。これまでの、1.5倍の時間がかかっています。
予想通り、汗がバチクソ流れ出します。汗が目に入ると、ムチャンコ痛いので、濡らしてから絞ったタオルで汗を拭い続けます。これが、行かんかったようです。ばい菌が目に入って、目ヤニが出て来ました。目がかすみます。(しかし、抗菌の点眼薬は持っていませんので、自然治癒を待つしかありません。)
4合目に着きました。何と、1時間9分程度かかっていました。デイパックの登山の時なら、6合目には着いているはずの時間です。まあ、久しぶりの大きめなザックと、体調を考えれば、御の字ですね。
途中で、小学生くらいの男との子を連れた、お父様が下ってこられました。途中までは、子供がへばっていましたが、その後は、自分の方がへばってしまい、登頂には、4時間もかかってしまいましたと、言われていました。
また、小さな子供を前におんぶして下山して来たお父様がおられました。こちらは、お子さんが、お腹が痛いとのことで、途中でおんぶしてきて下ってきたのだそうです。
大山は、基本的に誰でも登れる山ですが、現在は、登山道が整備されて、7合目少し上までは階段地獄が続きます。また、8合目を過ぎるまでは、基本的に樹林帯の中を登るので、風もなく、ムチャンコ暑いのです。
また、どの辺りだったか覚えていませんが、登山道を、蛇の赤ちゃんが横切っていきました。「お、可愛いね。・・・あ、この模様、どう見てもマムシだぞぉ。」
更に、アブに常にしつこく追い回されました。私は、運が良いのか、大山で一度もアブに刺されたことはありません。ウヒウヒ、ラッキー。
これは、5合目辺りから撮った写真でしょうか。透明度はかなり良さそうです。
6合目避難小屋に着きました。何と、1時間52分もかかっています。相当に時間がかかっています。あまりのしんどさから、下山したい気持ちが、ふつふつと湧いてきます。それでも、頑張って登り続けることに決めました。
まあ、しかし、しんどい。よく考えたら、昨年、上高地から徳沢まで、25kgのザックをかついで歩いたことはありますが、その時ですら、両足の付け根に激痛が走り、登山を断念しています。2009年の蝶ヶ岳登山以来、重いザックをかついで登山をしていません。これが、宜しくないんでしょうね。
まずは、山頂まで登り切りました。んで、登頂タイムは、3時間28分52秒でした。途中で「登頂には、3時間半かかるな、否、4時間切れば御の字だ。」と思っていましたので、まあ、満足なタイムです。登頂時、ビックリしたことに、だーれも人がいませんでした。えー?マジかよ。
それから、直ぐに、山頂避難小屋に入りました。
おっと、小屋の関係者の女性の方がおられました。営業時間は,9時から14時なので、後片付けをしながら、下山の準備をされていました。
「今夜、ここで泊まりたいと思っていますが、大丈夫でしょうか?」
「まあ、避難小屋なので・・・」
ちょっと微妙な返事でしたので、若干不安になりましたが、避難小屋なので、それなりのルールを守れば泊まってい良いと判断しました。
「私は、火を使いませんので・・・」と答えておきます。
しばらくすると、その女性の方は、背負子に重そうな荷物をくくりつけて下山していかれました。まあ、本当にご苦労様です。
小屋の二階から、下山して行かれる、小屋の管理者を写しました。翌朝、管理の女性が、重そうな背負子をかついで登って来られましたが、昨日の方とは違うととのことでした。こんなご苦労があるのと、トイレを使わせてもらっているので、協力費として、500円を支払っておきました。
15時48分の、小屋の壁に設置してある気温計の温度です。21.5℃位ですかね?日向は暑いのですが影に入ると、とても涼しくて快適です。
寝る場所は、基本的には、小屋の2階の場所になります。だーれもいなくてビックリしました。クマバチが1匹ブンブン飛び回っていて、怖かったので、装備のハエ叩きで、亡き者としました。「また、つまらぬものを切ってしまった。」つーか、殺生してご免なさい。最初は、窓を開けて逃がしてあげるつもりだったのですが、どうやら、窓は固定されている様でしたので・・・他にもハエが何匹か飛び回っていましたが、この連中は、すばしっこくて暗殺に失敗しました。
小屋の中で、疲労困憊のアホ衛門です。この時間、涼しいのがせめてもの救いです。
小屋の中では、エアアシストのマットをひき、シュラフをセットしておきました。更に、今夜使うであろう、Nikon D850を、軽量のジッツォに三脚に固定してみました。
誰もいなくて暇なので、小屋周りで、色々撮影をしておきました。
ほぉー、現在の小屋は、昭和60年10月に出来たものか?実は、私は、大山の山頂小屋には、12月、3月、7月には泊まったことがあるのですが、いずれも、この小屋の前のあった、古い小屋だったのです。いんやー、超久しぶりの山頂小屋泊まりだがや。
山頂避難小屋の裏側です。(裏で良いのかなぁ?)
おお、弓ヶ浜や、日本海も見えているぞぉ。
この花は、何でしょうね。「オオバセンキュウ」でしょうか?
上記の花のつぼみです。逆に、実にも見えますね。
大山山頂の花々は、もう最盛期を過ぎた感がありますが、このあじさいの様に綺麗に咲いているものも残っていました。
その後、ふと、山頂ステージに、顎髭げを生やした男性がいるのに気がつき、声をかけました。正直、気軽には声をかけづらい雰囲気の方ではありました。
「山頂小屋に泊まられるんですか?」
「いや、夕陽などを見に来ているんですよ。」
まだ、太陽が高い時間帯には、太陽の光を反射して、中海が白く輝いていました。
その後、背の高い男性Aさんが登って来られました。雰囲気はとても良さげの感じの方です。この方も、小屋には泊まられないと言われていました。
しかし、そのAさんが、立ち入り禁止エリアを歩いていると、顎髭の男性が「そこは、立ち入り禁止エリアです。」と何度か大きな声で注意されていました。
Aさん曰く、あの様に、ルールを守る方からしたら、僕のような人間は悪者なんです。
Aさんは、最近も、縦走をしたのだそうです。」現在、縦走は危険なので禁止になっています。山頂からロープが張ってあり、行ってはダメですよとなっています。
「まあ、あくまでも自己責任ですから。」と。
しかし、個人的な意見を言わせてもらうと、縦走禁止となっているところで、滑落したとしたら、それを「自己責任」で、すませられるのでしょうか?当然、遭難救助の方達が出動することにもなります。亡くなれば、そのバラバラになった遺体を誰が回収するのでしょうか?この辺りは、私の私見とは相容れないものでした。
ボチボチ、登山してくる人が増え始め来ました。
その後、姫路から来たと言う女性3人と、神奈川から来た女性の4人のパーティが登って来られました。おばちゃまパーティです。
何と、島根県の三瓶山まで見えていました。教えてくる人がいたので、初めて気がつきました。アホぢゃー。だって、しばらくは、トレーニングだけの登山でしたからね。
中海の方向に太陽が沈んでいきました。
日が暮れると、米子市や、弓ヶ浜に灯りが灯りました。
「ちょっとしたミニ函館ですね。私は行ったことがないですけどね。」
と、一緒に見ていた男性が(Aさんだったか、米子から来た人だったか忘れましたが。)
「そうですね。函館みたいですね。私も行ったことがないですけどね。」と、お互いに笑い出しました。
更に、福岡から来た男性も来られました。何でも、上記のAさんの知り合いなのだそうです。Aさんは、山口から来る人だと言われていましたが、実は、以前山口に住んでいたのですが、現在は福岡に住んでいるとのことでした。この方、本日、新車で購入した「トヨタのヤリスクロス」の初走行だったそうです。確か、燃費が28km/Lで、カタログ値より良かったのでビックリしたとか。(38km/Lじゃないよねぇ。28km/Lで合っていたよね。何せ、疲れ切っていましたから、記憶が曖昧なところがあるんですよ。)
更には、本当に山口から来た、若い男性も登ってこられました。この方は、天体写真を撮りに来られたとのことでした。カメラ屋に「星を撮りたいけど、どのカメラにしたら良いですか?」と聞いて、勧められたので、このカメラにしたのだそうです。Canonの小さめなミラーレスカメラでした。何でも、今夜は、ずっと起きていても良いと言われていました。多分、ドノーマルのミラーレスカメラでしょうね。
福岡から来た男性も、山口から来た男性も、当初は、九州の九重方面も考えていたのだそうですが、沖縄に台風が接近しているので、九州の山は、大荒れだと判断して、大山一択で、ここに来たのだそうです。
その後、いったん小屋に戻りました。1階の板張りの部分には、シュラフカバーの様なものをかけて、早くから寝ている方もおられました。
その後、空が暗くなったので、山頂ステージに行って、撮影を開始です。しかし、風が強すぎるな。これでは、蛍は飛べないよな。
先週は、蛍が綺麗に見られたのだそうです。また、記者の方が、山頂で撮った蛍の写真がアップされていたのだそうです。うー、無念。
と、「あれ、花火が上がっていますよ。とっとり花回廊の花火ですかね?」確かに、遠くに花火が上がっているのが見えました。
一時期、盆休みは、北アルプス登山をずっとしていましたので、花火と言えば、山頂から、遠くに見える花火しか見えいない時期がありましたね。
姫路と神奈川から来られた女性のパーティに、星の説明を勝手にしておりました。何と、このおばちゃま達は、スマフォで綺麗な銀河を撮られていました。
山口から来られた男性も、フマフォとCanonのミラーレスカメラで綺麗な銀河を撮られていました。「ISO感度を上げて、露出時間を長めにして・・・」と言われていました。私は、基本スマフォで星の写真を撮りません。なので、iPhone 16 Proで適当に撮ってみましたが、全くダメでした。
それどころか、三脚に固定した「Nikon D850」で撮った銀河も、まるでダメ男君です。おっかしいな!と、運んでいる最終に、三脚と雲台の固定が緩んでいることに気がつきました。あぶなー。カメラを落としたらどうするんだ。ペシペシ。
ですが、メガネが調光レンズの奴のままで、ライブビューの画面が見づらいのです。おい、おい、ピント大丈夫か?改めて取り直してみましたが、星が、微妙に跳ねています。これは、やはり強風のせいかもしれません。まあ、今回の目的は、1979年に撮ることが出来なかった蛍の写真がメインだから、ま、エエッか?
これは、iPhoneで撮った、銀河と、あの女性パーティ達です。
こちらは、Nikon D850で、固定撮影したいて座辺りの銀河です。風の星なのか、微妙にミミズが這った様な画像になっています。
その後、Aさんだったと思いますが、木道が二つから一つになる場所の少し下で蛍がいましたよ、と言われていました。しかし、風はますます強くなってきています。その場所に行ってみましたが、蛍はもう見つかりませんでした。
と、山頂ステージで、1匹だけ蛍がいるのに気がつきました。風が強いので、草の中に入っていき飛ばされないようにする所でした。
これは、7月21日に撮ったとされる、大山山頂碑と蛍の写真です。Yahoo!ニュースに載っていました。7月20日に、蛍目当てで登っていた、おばちゃまとお目にかかりましたが、7月20日か、翌7月21日に登っていれば、こんな風景が見られたかも知れません。ですが、その日は、体調も芳しくなく、宿泊での登山の用意も出来ていませんでしたからね。
来年は、北アルプス登山は諦めて、大神山神社奥宮へ向かう参道から蛍の撮影と、大山山頂からの蛍の撮影にチャレンジしようかと思ったりしています。
その後、米子から来た人だったと思いますが、小屋の中で「大神山神社奥宮」に行く参道で、6月に撮ったと言う写真を見せてもらいました。5枚合成した写真だとのことですが、無数の蛍が飛んでいる写真でした。この参道には、蛍が飛んでいるとの情報は得ていたのですが「ホンマかいなー。」と思っていました。あーあ、撮りに行くべきだったな。
この夜は、気温もかなり下がり、風も強かったので、半袖では、震えっぱなしでした。長袖やウィンドブレーカーは持ってきていましたが、面倒臭かったので着なかったのです。
完全に夜が更けてから、ご夫婦とおぼしき人達が登って来られました。何でも仕事を終えてから登ってきたとか。
その後、私は、星の撮影も蛍の撮影もダメだと諦めて小屋に戻りました。
食事は、カロリーメイト、SOYJOYと、アクエリアスだけです。
おばちゃま達も、夜遅く登って来られたご夫婦も、夜遅くなってからも、結構大きな声でしゃべられていました。これが、北アルプス辺りだと、大ひんしゅくです。1978年に蝶ヶ岳に登った時、唄を歌っているパーティがいました。すると、「うるさーい。」の連発。時間を確認すると、まだ午後8時でしたからね。
私は、エアアシストのマットを使っていましたが、仰向けに寝ると、背中の痛みが半端ないのです。横になっても、ガチガチに固まった腰あたりが、より痛いのでダメです。何故か、眠気も襲ってこなく、主観的には一睡も出来なかった感じでした。
おばちゃまパーティが、午前4時にアラームをセットされていましので、早くその時間にならないかと、ずっと思っていました。
その時間になり、小屋から出てみました。あれ?小屋の屋根の下が濡れている。あ、木道も濡れているぞ。気がついたら、濃いガスに覆われています。ありゃー、ご来光はダメか?
そのうち、小屋から皆出てこられました。
ガスは、思い切り流れまくっています。ある時は、ガスは舞っていました。うへぇー、ダメだぞ、これ。
その後、午前4時半過ぎだったか、ご来光目当ての登山客が、結構登って来られました。何時に登山開始したんだろう?
と、その人達は、小屋の前の木道で、場所取りをし始められました。んん?もしかしたら、あの辺りの方が、ご来光を撮るには良いのかもしれないぞ。
と、突然、ガサッと大きな音がしました。「あれ?何か落とされませんでしたか?」と聞きましたが、しばらくは無反応。しばらくして、ある女性が自分のデイパックを蹴飛ばして、木道から落としてしまったのです。女性は腹ばいになり、男性が落ちないように支えて、何とかデイパックを拾い上げていました。
と、米子から来た男性が「もしかしたら、ブロッケンが見えるかもしれませんよ。」と。ええー?この感じでブロッケンは見えないだろうと思っていました。
ガスの切れ間から、何とか撮れたご来光です。
さて、米子から来た男性から、このあかね色のグラデュエーションは「ビーナスベルト」と言われていると教えてくれました。知らんかったわー。
「んん?あの山はなんだ?」と思っていますと、米子から来た男性から、これまた「それって、影大山って言いますよ。」と教えてくれました。これまた、知らんかったわー。はずい。
実は、一瞬だけ、薄い「ブロッケンの妖怪」が出ていたのです。私は、Nikon D850を使っていましたので、オートフォーカスが旨く働かず写せませんでした。
しかし、姫路と神奈川から来た女性パーティの一人が、スマフォで、何とか淡く見えていたブロッケンの妖怪を撮っていました。「これって、ブロッケンですかね?」「エエ、すごいですね。よく撮れましたね。」何と、そのブロッケンは、コンマ何秒かの一瞬しか見えていませんでしたからね。
時間が経つと「影大山」は、よりくっきり見えてきました。この頃は、ガスは消えていますね。
その後、小屋で一緒だった方達に、ご挨拶をして山を下ることにしました。米子から来た男性は、今日は、ユートピア小屋付近に行くとのとでした。まだ、お花畑が綺麗だし、恐怖感もあって面白いからだからと言われていました。
また、女性パーティは、その米子の人が案内していた「テラス・ザ・ダイセン」にも行く予定だと言われていました。何でも、ハムの切れ端が、とても安く買えるとか。知らんかったわー。私が案内申し上げた「御机の茅葺小屋」は、興味を持たれていましたが、分かりづらいから、多分行かれないでしょうね。
んで、下山開始時刻は、6時6分少し前でした。既に、昨日から、違和感のあった左膝は痛み出していましたし、それどころか、靴を脱ぐ時、左ももがつりました。大丈夫か・・・
下るスピードは、マジで上がりませんでした。それでも、この日は、ハイスピードで下る人が少なかったので、あまり抜かれることがありませんでした。
もう、最後の方では、左膝は痛いし、左足首もやってしまったようで、亀の様なスピード下っていました。
土曜日だったこともあり、登山者は多かったのですが、決まって「クソ暑いですね。」を連呼していました。この時間帯の下りで、これほど汗をかくかと思われるほど汗をかいていました。
登山口前に、ウッドデッキでザックを下ろし、最後のアクエリアスを飲みました。まだ冷たくて実に惜しかったです。たかだか16.1kgのザックでしたが、肩が痛かったですね。また、登りはずっと、下りも6合目辺りまで、Nikon D850と純正のズームレンズを付けた2.1kgを首からかけていましたので、首も痛かったです。
途中、登山者に「暑いですね。それと、アブが多いので注して下さい。」と何度か申し上げました。
前述の様に、私はアブに刺されたことがないのですが、登山者の一人は、差されたことがあって、刺された箇所があり得ない程、腫れ上がったのだそうです。ああ、こわや、こわや。
ようやく、登山口に着きました。その時間、2時間13分24秒弱。まあ、時間がかかったというのか、逆に、この時間でよく降りて来られたと言うのか・・・
大川寺橋から、大山北壁を撮りました。この時間は、コントラストがあって綺麗ですね。
参道の一番下の方にある自販機で「丸搾りグレープスパークリング500ml 160円也の炭酸飲料」を、少しゆっくりめですが、一気にに飲んでしまいました。」
更に、大山ナショナルパークセンターに行ってきました。まずは、先回使えなかったシャワー室が使えるか確認した上に、メロンソーダ110円、250mlを追加で飲み干しました。
駐車場で、登山靴をスニーカーに履き替えて、着替えを持って、大山ナショナルパークセンターに向かいました。と、ありゃー、持っていたはずの着替えを入れたスタッフバックがにゃーい。嘘だろー。何と、全く寝ていないのと、疲労と、若干のシャリバテから、頭が全く働いていなかったのです。車に置いてきていたのでした。アホかも。否、絶対アホぢゃー。
予め持参していた,ボディソープ、シャンプーなどを持って、シャワー室に入りました。200円で、5分間だけシャワーが出ます。何とか、すっきりした後、駐車場に戻り始めました。
と、黄色いサングラス?をかけた若い男性クライマーに会いました。
「山頂の天気はどうですかね?」と聞かれました。
「薄明の時はガスっていましたが、その後は快晴でしたよ。多分、大丈夫ではないですかね。」と答えます。
「いや、僕は信じていません。」と。何度も天気予報に裏切られたんでしょうね。
帰りの運転は、普段の100倍位注意を払って行いました。
家に着いて、車から降りる時、右足の太ももの内側が、3〜4回ほど、激しく吊りました。ぐぉぉぉー、痛ぇてー。腰を曲げて、シートに手を付いたまま、しばらくは全く動くことが出来ませんでした。こりゃあ、熱中症かもね。
何とか部屋に戻ると、汗でびっしょり濡れた服などを洗濯。ウエストバック、アタックザック、登山靴も洗っておきました。
尚、帰ったから体重を計ると、大台を何とか切っていました。25日の朝、測定した体重から、
一時的にせよ3.4kgも減っていました。
結構水分は補給したつもりだったんけどな。
実は、この日は、観測会の手伝いの日でしたが、予め、行けない旨、返事をしていました。あら、もしかしたら行けるんじゃないのって思い直しましたが、やめて正解でした。
片付けがすむと「いいちこ」の水割りを飲んで、しばし、昼寝を。でも、2時間ほどでめが覚めてしまいます。そこで、更に「いいちこの水割り」を飲んで、無理くり寝ていました。
余談ですが、大山は、日本海側にそびえる独立峰です。そのため、町の灯りが結構入ってきます。銀河はくっくり見えていましたが、ヘッドライトがなくても何とか歩けました。
これは、ISO感度80万越えのビデオカメラ「サイオニクス・オーロラ・プロ」で撮った、銀河の動画から静止画に切り取ったものです。空が真っ暗だと結構なノイズが走りますが、今回のノイズはこの程度でした。
それにしても、大山が如きで(こりゃまた、失礼。)しかも、たかだか16.1kgのザックをかついだ登山で、これほどダメージを受けるとは・・・
帰宅してから、今回の登山でどんだけダメージを受けているかが分かる出来事がありました。
メガネは、登山中、紫外線から目を守る「調光レンズ」のメガネをかけていました。さすがに、夜は、普通のメガネをかけようと思っていました。しかし、疲れていたので、調光レンズのメガネのまま、夜の撮影をしていました。
帰宅後、普通のメガネを探したのですが、全く見つかりませんでした。もしかしたら、ウエストバックに入れ換えた時に落としたのかと、半ば諦めていました。帰宅後、ザックを隅から隅まで探しましたが、見つかりませんでした。いよいよ、諦めました。しかし、ザックを洗って干す時に、念の為に、もう一度探したら、ザックの上部の狭いポケットから出て来ました。うぅー、何て日だ!!
発見されたメガネとそのケースです。かなり古いメガネなのですが、メガネの三城で買ったので、結構高かったのですよ。とりあえず、出て来て良かったわー。
あ、忘れていました。「大山入山協力金 協力記念」なるカードをもらっていました。
こっちは、裏側です。
正直、北アルプス登山復帰は、ほぼ諦めています。現状のオーバーツーリズム、そして、熊の半端ない出没。仮に登るとなると、ザックは相当軽い物にしないとダメでしょうからね。多分、私の身体の状態を考えると、小屋泊まりは、難しいでしょうからね。本当に、情けない。それでも、トレーニングは当面続けます。