2023年10月24(月)烏ヶ山登山再開
 
 昨日、鳥取県の大山登頂タイムが、最低限の目標を達成いたしましたので、次の24日には、烏ヶ山登山を再開しました。
 ご存じの方もおられると思いますが、烏ヶ山(からすがせん)は、鳥取県と岡山県の県境にある「山陰のマッターホルン」とも呼ばれている山です。大昔の火山ドームで、北峰と南峰の二つのピークが、烏のクチバシの様になっているため、この名前が付けられています。(鏡ヶ成からは、南峰しか見えませんが、山頂は、後ろの北峰1.488mです。)
 以前「サントリー天然水奥大山編」のCMで、宇多田ヒカルさんが登っていた山です。
 
 しかし、起きると相変わらず体調は悪く、2時間ほどまるで身体が動きません。こんなんで登れるんか?否、昨日も足がまるで動かないと思っていたのに、退職後、最高のタイムで、大山の登頂が出来たんじゃないか。
 ならば、行かねばならぬのじゃ。
 

して、登山は、鏡ヶ成キャンプ場の前からのルートを選択しました。しかし、登山開始が、午前11時57分って、やばくねっ?
 
 しかも、登山開始から、まるで足が動きません。2日連続での登山は、現在の私の体力では無理か?「登山中止」のワードが頭の中に、巡ります。
 

いつも、登山ペースの目印となっている箇所に着きました。登山道の脇に2本の木があり、その間を通る所です。足が動かないのに、何とか、タイム更新を狙って、かなり頑張りました。33分10秒程で到着しました。おお、前より早くなっているぞ。(以前は、27分程度で到着していました。大学時代は、もっと早かったと思います。)少し紅葉していますね。
 

視界が開けて、下界が見える場所に到着しました。52分56秒のタイムです。おお、これも前より少し早いんでないの?
 

以前より3分程早く到着した様に思えました。

 
 しかし、オーベーペースで登ってきたので、この後、自分では、あまり気がついていなかったのですが、ガクンとスピードが落ちたようです。
 

ザイルが設置してある場所に着きました。この直ぐ上に、勝手に「一枚岩」と呼んでいる、フォールドが出来ない大きな岩がある場所です。
 

あり得ないほど、しんどい思いをして、最初のピークである「南峰」が見える場所に着きました。2000年の鳥取県西部地震で、大崩落した所です。
 

確か「新小屋峠別れ」と呼ばれている、その標識のある場所に着きました。ここで、クマよけの鈴と、話し声が聞こえてきました。あれ?今から、新小屋峠コースから登ってくるのかな?あるいは、下りかな?
 

その標識から、わずか1.5mから2m程登った所に、宇多田ヒカルさんがCMで腰掛けていた、通称「ヒカル岩」があります。初めて来る人には、意外に分かりづらいと思います。
 
 正確な位置は覚えていませんが、身長の高いすらっとした女性がおられました。

 こんな感じです。日焼けを防ぐために、黒い布で顔を覆っており、確かサングラスをかけていたので、お顔はまるで分かりません。挨拶をしましたが、返事はなしです。
 あ、あれっ、この人って、今年の5月21日にも、この辺りにいた人じゃないのか?否、この人で間違いないでしょう。(写真は5月21日のものです。)孤独を好まれる人なのでしょうか、とにかく反応がありませんでした。
 勝手に女性と思っていましたが、もしかしたら男性?否、女性だよね。
 

下の方を振り返ります。おお、少し紅葉しているな。
 
 実は、この後が、岩場があり、チト危険が危ない思いをします。何ちゃってロッククライミング的な・・・
 そんな時、人影が見えました。身長の高い、白髪の男性が丁度岩場を降りてくるところでした。「下りの方が危ないですから、お気をつけて。」と声をかけます。
 

手前の南峰の岩場を越えると、一端下りになります。ここからの景色が好きなんですよね。本来なら、持ってきたNikon D850で撮るべきなのでしょうが、今回は登頂タイムの更新を狙っていましたので、iPhone 12 Proで撮りました。(機種が、古いな。)
 
 山頂である北峰の手前にも、ちと危なげな岩場があります。ザイル頼りに狭い岩場を登ります。
 
 して、ようやく登頂しました。
 

いんやー、疲れましたね。足がまるで動きませんでしたからね。しかも、以前から痛めている左足は、踏ん張りがきかず、何度かよろけましたからね。
 

して、登頂タイムは・・・「なっにぃー、やっちまったな!!」どこが、登頂タイム更新じゃ?1時間33分3秒もかかっておるがな。がっくし。
 
 休憩をしようと、大岩の裏側に回りました。と、そこから少し登った平らな岩がある所に、男性が休憩されていました。「ここからの風景が綺麗ですから、どうぞ。」と言われました。しかし、逆光で、しかも、少し雲も出ておりましたので「ありがとうございます。でも、何度も来ていますので、私は良いです。」と返答しました。
 そこから、私の身勝手な大雑談が始まります。
 「この大岩は、1977年に来た時には、もっと立っていたんですよ。でも、1984年に来た時には、既に今の状態に傾いていました。一気に傾いて、その後は固定したんだと思います。」
 と、その男性が「大山キャラボクに実がなっていますね。」と言われました。確かに、よく見ると、赤い小さな実がなっているのが分かりました。その方が教えてくれなかったら、一生気がついていなかったかも知れません。
 「あ、それから、ヒカル岩には行かれました?」と聞きました。
 すると、その男性は「ヒカル岩って、この山頂付近にあるんじゃないんですか?ずっとそう思っていました。」と。
 「いやいや、新小屋峠別れの標識の少し上にあるんですよ。良ければご案内しましょうか。」
 
 かくして、ほんの少しだけ休憩をしただけで下山開始です。
 そう言えば「ご年配のご夫婦に会いませんでしたか?」と聞かれました。
 「背の高い白髪の男性にはお会いしましたけど・・・あ、新小屋峠ルートの方で、鈴がなったり、話声がしていましたから、その人達かも知れません。」
 
 どうやら、この岩場を登るのは危ないと思って、新小屋峠別れから引き返されたのだそうです。
 
 しばらくすると「ヒカル岩」に着きました。宜しかったら、写真を撮りましょうか。あ、その位置ではなく、岩と岩の間に宇多田ヒカルさんは腰掛けていましたよ。」
 「貴方の写真も撮りましょうか?」言って頂きましたが、何故か、私は大丈夫ですと断ってしまいました。撮ってもらっておけば良かったな。本当に、何であんな返答をしたんだろうねぇ。
 
 その後は、ずっとその男性と一緒に下山をしました。人と話すことがこんなに楽しかったんだと改めて思いました。
 その方は、途中で、アホほど滑りやすい、この登山道で2度ほど転けそうになられていました。かく言う、私も一度滑って転けそうになりましたが、何とか持ちこたえました。
 登山道入り口に近い場所は、ルートが本当にわかりずらい状態のなっています。
 「この場所に、私が昔から通っているルートがあります。少し前は、完全にクマザサで覆われていて、初めて来る人には、絶対に分からないルートだと思いますよ。」
 「本当ですね。でも良いルートを教えてもらって良かったです。」と。
 
 結局、下山タイムは、1時間14分37秒でした。今の体調から考えると、立派なものです。その男性と話しながら下っていたら、あっという間に着いたという感じでした。
 

車の中から撮った下山タイムです。
 
 その後、彼とは別行動で、キャンプ場に行って、手を洗ったり、タオルを濡らしました。それから、車の後ろで、上だけ服を着替えました。少々寒かったのですが、ノースリーブのアンダーウエアだけで、Nikon D850を持って、旧国民休暇村の建物に行きました。汗を少し乾かしたいと言う意味もありぃーの、何より甘いジュースが飲みたかったのです。
 

旧国民休暇村の前の駐車場には、バイク軍団がおられました。一人、長身でスタイルのとても良さげな女性がおられました。よく通る声で、しきりに笑っておられました。後で気がついたのですが、彼女だけが関西エリアのナンバーを付けておられました。
 

烏ヶ山は、少し紅葉しておりました。
 

象山も、少し紅葉していました。でも、何か、枯れている感が強いぞ。これから、綺麗な紅葉が見られるのかな?
 
 それから、ようやく駐車場に戻ってきました。すると、背の高い男性が歩いているのが見えました。ありゃ、一緒に下山してきた男性ですよ。また、私の隣に停まっていた小ベンツには「新小屋峠別れ」で引き返された年配のご夫婦もいらっしゃいました。ここでも、大雑談が始まってしまいました。おかげで、本当に楽しい登山となりました。
 

鏡ヶ成の道の脇には「マツムシソウ」が沢山咲いていました。秋でんな。
 

 ちなみに、烏ヶ山登山口の看板には「クマ出没注意」と書かれています。昨今、ツキノワグマの被害があり得ないほど多く報道されていましたので、鈴を探していました。しかし、良いものはありませんでした。そこで、何とか付けたのが、何と1978年の「蝶ヶ岳星見登山」の時に買った、上高地のキーホルダーです。
 この蝶ヶ岳登山では、沢山のお土産を買いました。当時、勝手に片思いをしていた女性に、再会することがあれば、渡したいと思っていました。何か、ほろ苦くもあり、胸がキュンとなる思い出のキーホルダーです。